カテゴリー: ハイメ・アルグエルスアリ

  • 「ペレスがレッドブルF1ジュニア所属だったら1年ともたない」と元ドライバー

    「ペレスがレッドブルF1ジュニア所属だったら1年ともたない」と元ドライバー

    元トロロッソのドライバーでレッドブルF1のジュニアプログラムに所属してたハイメ・アルグエルスアリは、セルジオ・ペレスの現在の不調ではレッドブルF1のジュニアプログラムならば1年ももたなかっただろうと語る。

    トロロッソからレッドブルに移籍したピエール・ガスリーとアレックス・アルボンはお世辞にも満足のいく結果を残せず、2021年、ペレスは2007年のマーク・ウェバー以来となるアカデミー外からレッドブルと契約したドライバーとなった。

    モータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコのもと、レッドブルは厳しいことで知られる組織であり、要求されるレベルに達していないと判断された場合はシーズン途中でドライバーを降格させてきた経緯がある。

    チームはまた、ジュニアチームのアルファタウリ(2019年まではトロ・ロッソとして知られる)を使って若手ドライバーを評価し、有望なドライバーをレッドブル・レーシングに昇格させることを目指している。

    ペレスは2020年にアストン・マーティンがセバスチャン・ベッテルを抜擢したことでF1キャリアの終焉の危機を迎えていたが、アルボンの後任としてレッドブル・レーシングで首の皮が繋がった。

    レッドブルのジュニアチームは「成功していない」
    Sky SportsのF1ポッドキャストに出演したアルグエルスアリは、ペレスの起用がレッドブルの若手ドライバープログラムの質に悪い影響を与えたと指摘し、ペレスがレッドブルの傘下に入っていたら長くは続かなかっただろうと語った。

    「ペレスがレッドブルでドライブしているという事実は、レッドブルのジュニアチームが成功していないことを示している」と2009年から2011年までトロ・ロッソでドライブしたアルグエルスアリは語った。

    「彼らが僕たちやメディアに語っている全体的な考えは、経験を積むためにアルファタウリでドライブする機会を与え、チャンピオン、つまり可能な限り最高のドライバーを育成しているということだ」

    「レッドブルのドライバーを見つけるために別の場所に行くというのは、すでに物議を醸している。意味がない」

    「多くのドライバーがジュニアカテゴリーでチャンピオンになるために何年も何百万ドルも費やしているのに、F1に出て、ほとんどチャンスを与えず、いいマシンがあることを祈るだけだ。そうでなければ、F1ではいいマシンがなければ何もできない。後方で、優勝できるマシン、つまりレッドブルを運転できることを祈るだけだ」

    「チェコ(ペレス)がジュニアチームに所属したことはないことを明確にしなければならない。ヘルムート・マルコがどのようにドライバーを判断するかを考えれば、彼がジュニアチームにいたとしても1年も続かなかっただろう」。

    セルジオ・ペレス レッドブル F12009年から2011年までトロ・ロッソでドライブしたアルグエルスアリ

    ペレスがペースから大きく外れていることは「受け入れられない」
    2023年の開幕から4戦中2勝を挙げたペレスは、今年のドライバーズ選手権でフェルスタッペンに挑戦するのではないかとの見方もあった。

    しかし、それ以降、フェルスタッペンが6勝を挙げる中、ペレスは2度の表彰台フィニッシュを果たすにとどまっている。

    アルグエルスアリは、ペレスがフェルスタッペンのペースから大きく離されているのは受け入れがたいと語り、他の何人かのドライバーならばフェルスタッペン近づいているだろうと示唆した。

    「勝てるマシンを持っているんだから、それを生かさなければならない」とアルグエルスアリは語った。

    「ペレスが常にコンマ0.5秒、あるいはコンマ7秒遅いのは受け入れられない。

    「チームメイトがすべてのレースで勝っているなら、自分にとって最高の日に表彰台に上がるのではなく、少なくとも表彰台に上がらなければならない」

    「もっと近くに行かなければならない。そうでなければ、彼らはは後退させる権利がある」

    「グリッド上には間違いなくマックスにずっと近づける可能性のあるドライバーがたくさんいる」

  • 元F1ドライバー 「レッドブルF1はセバスチャン・ブエミの才能を無駄にした」

    元F1ドライバー 「レッドブルF1はセバスチャン・ブエミの才能を無駄にした」

    元F1ドライバーのハイメ・アルグエルスアリは、セバスチャン・ブエミが他のレースシリーズで大きな成功を収めているのは、レッドブルがワールドチャンピオン候補の才能を無駄にしている証拠だと考えている。

    アルグエルスアリとブエミは2009年から11年にかけてレッドブルのジュニアチームであるトロロッソでコンビを組んでいたが、ジャン-エリック・ベルニュとダニエル・リカルドのために解雇された。リカルドは2014年にセバスチャン・ベッテルのチームメイトとしてマーク・ウェバーの代わりにシニアチーム入りすることになった。

    アルグエルスアリはレースから引退してDJになることを選択したが、ブエミはその後、別のレースカテゴリーに参戦して大きな成功を収めた。

    ブエミは、電気自動車のシングルシーターレースであるフォーミュラEでチャンピオンシップを獲得した他、トヨタで3つのWECタイトルを獲得し、権威あるル・マン24時間レースでも4度優勝している。

    アルグエルスアリは、ブエミがF1でのスティントを終えた後、別の場所で賞賛を浴びたことで、レッドブルが元トロロッソの相棒のフルタイムサービスを打ち切ったのは間違いだったと示唆している。

    「朝食を食べて気づいたことがある。11年前、僕たちは勝者ではないという理由で(トロ・ロッソで)交代させられると言われた」とアルグエルスアリはTwitterで語った。

    「僕のことはちょっと忘れてほしい。でも、コーヒーを飲んでいるときに、F1での元チームメイトであるセバスチャン・ブエミが、勝利とトロフィーを加え続けていることを知った」

    「彼がすでにいくつの世界タイトルを獲得したか忘れてしまったし、彼のことを嬉しく誇りに思っているだけでなく、時がたつにつれ、彼がレッドブル・レーシングにいたらF1でどれだけ多くのレースに勝利し、世界タイトルを獲得していただろうと思うようになった」

    「繰り返しになるけど、これは統計と事実に基づいた、チームメイトであるセバスチャン・ブエミに対する私の個人的な見解に過ぎない。僕のパフォーマンスがどうであったかを意図するつもりはな…それも書かれていたけどね!チャオ!」

    セバスチャン・ブエミ F1ル・マン24時間レースで4勝を挙げているセバスチャン・ブエミ

    その後もかなりの期間、レッドブルF1のリザーブドライバーを務めていたにもかかわらず、ブエミは2011年のF1シート喪失後、フルタイムでF1グリッドに戻ることはなかった。

    ブエミはトロロッソで55戦に出場して、29ポイントを獲得し、1年目に2度の7位入賞を果たした。

    一方、アルグエルスアリは2009年のハンガリーGPでF1デビューを果たし、最年少記録を更新した。この記録は6年後にマックス・フェルスタッペンに破られた。

    アルグエルスアリは、レッドブルがブエミの才能を生かせなかったことを後悔しているかもしれないと考えているが、その間にレッドブル・レーシングは多くの成功を収めている。

    アルグエルスアリとブエミがトロロッソからの解雇を告げられてから、レッドブル・レーシングはセバスチャン・ベッテルを擁してダブルタイトルを獲得し、4年連続のタイトル獲得を達成した。

    その後、ターボハイブリッドエンジン時代にはメルセデスが他の追随を許さず、レッドブルが次のタイトル獲得まで長い時間がかかったが、リカルドがメインチームに昇格した後、5年間で7勝、ドライバーズ選手権で3位を2回獲得した。

    ダニール・クビアトが23レースで降格させられた後、マックス・フェルスタッペンが加わり、2016年のスペインGPでレッドブル・レーシングからデビューしてセンセーショナルな勝利を収め、2021年にはついにタイトル争いのパッケージが与えられ、メルセデスとルイス・ハミルトンを倒した。

    フェルスタッペンは、翌年もドライバーズタイトルを守り抜き、1年間で15勝という記録を打ち立て、圧倒的な差でトップに立った。

    リカルドはフェルスタッペンによる内部脅威の高まりに直面し、すでに離れていたため、現在の2度のチャンピオンは自動的にチームリーダーの役割に移った。彼の並外れたパフォーマンスにより、レッドブルはその間の数年間、隣のガレージに多くの選択肢を持つことになった。

    ピエール・ガスリーとアレックス・アルボンは苦戦を強いられ、その後長期的なポジションを確保することができなかったため、レッドブルは2021年に向けて経験豊富なセルジオ・ペレスを採用することになった。

    ペレスは、2007年にウェバーがウィリアムズから獲得して以来、アカデミーの枠を超えてレッドブルに採用された最初のドライバーとなった。

    ペレスは2022年に2勝を挙げ、レッドブルの9年ぶりのコンストラクターズタイトル獲得に貢献し、その報酬として2024年末までの2年間の契約延長が決定した。

    トロ・ロッソは2020年にレッドブルのアパレルブランドを反映したアルファタウリに改名し、イタリアGPでガスリーを起用してF1史上2勝目を挙げた。

    昨年末にガスリーがレッドブルからアルピーヌに移籍したため、アルファタウリは2023年に本人の角田裕毅とオランダ人のニック・デ・フリースを起用することになった。

    しかし、今シーズンは厳しいスタートとなったため、イタリアを拠点とするチームは、序列を上げるためにレッドブルにさらなる支援を求めるのではないかという報道が強まっている。

  • アルグエルスアリ 「激怒するヘルムート・マルコの夢で泣きながら目覚める」

    アルグエルスアリ 「激怒するヘルムート・マルコの夢で泣きながら目覚める」

    元トロ・ロッソのF1ドライバーであるハイメ・アルグエルスアリは、今でも怒ったヘルムート・マルコにひどく叱りつけられる“非常に奇妙”な夢をまだ見ており、“まるで子供のよう”に涙を流して目を覚ますと語る。

    ハイメ・アルグエルスアリは、2009年にセバスチャン・ブルデーに代わってトロ・ロッソのドライバーに抜擢された。アルグエルスアリは、それまで F1 マシンを運転したことがなく、19歳125日でのF1デビューは、当時のF1史上最年少のドライバーとなった。

    しかし、15歳でジュニアドライバーとして契約した後、ハイメ・アルグエルスアリは、当時レッドブルのジュニアシステムでドライバーに課せられていたプレッシャーの下で、、ヘルムート・マルコとレッドブルのヒアラルキーをなだめるために、レースでどんなに良いパフォーマンスを見せても、「チームの人々よりもライバルチームを祝福」し、「十分ということは何もなかった」と語った。

    現在32歳のハイメ・アルグエルスアリは、レッドブルのジュニア時間が彼に「トラウマ」を引き起こしたとし、F1を去った後に感情的な混乱を乗り越えるために、複数の人々に治療を受けたと明かした。そして、それは自分だけではないはずだと語る。

    振り返ってみると、ハイメ・アルグエルスアリは、F1ハンガリーGPの週末の前に車を運転することなく、19歳でデビューを与えられたことは「暴力」だったと考えているが、それが自分がF1でドライブする唯一の機会だったかもしれないと語る。

    だが、ハイメ・アルグエルスアリは、レッドブルに見放された後に精神的な傷を負ったドライバーは自分だけではないと考えている。

    トロ・ロッソへの招集についてハイメ・アルグエルスアリは「いつまた起こるか分からないので、ノーとは言えない」とEl Confidencial に語った。

    「レッドブルは、ある意味で両親のように感じてしまう。なぜなら彼らは自分のキャリアのためにお金を払ってレースに参加させてくれて、彼らが決定を下すからだ」

    「一つだけ言ってくと、僕は今でも夢を見ている。眠っている間ずっと、非常に奇妙な夢を見ている」

    「特に、そこにたどり着けない無力感とフラストレーション、マルコがいつも怒って、僕をひどく叱りつけてる夢をね。まるで子供のようにね。自分をそのように見ている」

    「これがトラウマを生み出している。(セバスチャン・)ブエミや他の多くの人もトラウマを経験していると確信している。僕はそれを払拭することができていない」

    「僕は治療を受けている。引退したとき、何人かの心理学者がそれに対処して新しい人生を作るのを手伝ってくれた。でも、僕はそれに対処して、以前に生きてきたすべてをきれいにしたかった」

    「今でも、不思議なことが頭に浮かぶ。 素晴らしいラップをして、マルコの顔が怒っていて、泣きながら目が覚める」

    「15歳のときからずっとだ。すぐに切れる変な電話…」

  • 「クリスチャン・ホーナーはあまり友好的なタイプではない」

    「クリスチャン・ホーナーはあまり友好的なタイプではない」

    レッドブルF1ジュニア出身のハイメ・アルグエルスアリは、レッドブル・レーシングのチーム代表であるクリスチャン・ホーナーは“あまり友好的なタイプではない”と語る。

    2011年の終わりに、当時23歳だったハイメ・アルグエルスアリはトロロッソのシートを失い、F1から離れ、最終的にはモーターレースから引退した。

    その後、「スクワイア」の名前でDJとしてキャリアを確立させたハイメ・アルグエルスアリは、31歳となった現在、ヨーロッパおよび世界カート選手権のトラックに戻ってきた。

    ハイメ・アルグエルスアリは、レースから離れることを決意したことについて「レッドブルとF1システム全般に対して、過度のストレス、恨み、憎しみを抱えて生きていた。人生を変える必要があった」と La Gazzetta dello Sport に語った。

    ハイメ・アルグエルスアリは、ヘルムートマルコによる典型的な非難について「彼は先び始めた。落ち着いて説明しようとしたけど、壁のような人で音が跳ね返ってくるだけだった」と語った。

    だが、、ハイメ・アルグエルスアリは、実際にはマルコと良好な関係を築いており、F1でレースをする機会を与えてくれた彼とレッドブルの両方に「感謝」していると語った。

    だが、レッドブルF1の他の幹部であるクリスチャン・ホーナーとエイドリアン・ニューウェイに関しては、あまりポジティブな印象はないと語る。

    クリスチャン・ホーナーとの関係について質問されたハイメ・アルグエルスアリは「誰も彼と一緒にいなかった」と語る。

    「エイドリアン・ニューウェイも同じだ。でも、軌道上でさえ、クリスチャンはあまり友好的なタイプではなかった」

    最後に、現代のF1を見るのをまだ楽しんでいるかと質問されたハイメ・アルグエルスアリは「正直、ノーだ」と認める。

    「マシンのグリップが少なく、ダウンフォースが少なく、エンジンが自然吸気だった過去に戻りたい。2003年~2004年くらいにね」

    「でも、時代が進化したことも理解している」

  • 「レッドブルF1には怒りと拒絶しかなかった」とハイメ・アルグエルスアリ

    「レッドブルF1には怒りと拒絶しかなかった」とハイメ・アルグエルスアリ

    元F1ドライバーのハイメ・アルグエルスアリは、レッドブルF1のプログラムから冷酷に切り捨てられて10年が経ち、ようやくF1パドックを“笑顔”で通り抜けることができるようになったと語った。

    ハイメ・アルグエルスアリは、2009年のF1ハンガリーGPでまだ10代のときにトロロッソでF1デビュー。46戦を戦った。しかし、2011年の終わりにレッドブルF1はトロロッソのドライバーとしてダニエル・リカルドとジャン・エリック・ベルニュを起用することを決定。

    セバスチャン・ブエミとともにF1シートを失ったハイメ・アルグエルスアリは、レッドブルF1全体に対して「怒りと拒絶」を感じたと語る。

    その後、ハイメ・アルグエルスアリは、フォーミュラEに参戦したが、モスクワのレース週末に失神した後、2015年にモータースポーツを引退した。当時、彼はレースへの愛情を失っていたことを認め、引退後はF1を見ることがほとんどできなかったと語る。

    モータースポーツからの引退については質問されたハイメ・アルグエルスアリは「F1、ヘルムートマルコ、レッドブル、起こったことすべてに対して怒りと拒絶を感じた時期だった」は語った。

    「コメンテーターとしてMovistarのF1で仕事をしようとしたけど、トラックに行くとすぐに病気になり、満足にそこにいることができなかった。あの瞬間は自分の場所ではあなかった。たった23歳だった。その時点で、私はずっと持っていた幸運、つまり音楽への情熱にしがみついていた」

    別名「スクワイア」の名前でDJとして活動しているハイメ・アルグエルスアリの現実からの逃避は、ダンスミュージックへの愛情によってもたらされた。

    しかし、今、ハイメ・アルグエルスアリは、立ち直り、モータースポーツからの離脱を受け入れ、最近カートに戻ってレースに戻っていると語る。

    「僕はスクワイアだけど、再びハイメ・アルグエルスアリのように感じる」と彼は付け加えました。

    「もう一度F1パドックに足を踏み入れて、クリスチャンホーナーやマルコに挨拶することができる。僕は笑うことができる」

    「そして、再びレースをする機会に感謝している。カートを運転することがどれほど楽しいかは想像もつかないと思う。子供の頃から覚えている何人かの人々に会った。彼らはまだ地元で彼らの仕事に情熱を注いでる」
    時が過ぎ、アイメ・アルグエルスアリは、個人的なレベルでよりリセットされたと感じ、先に進んで自分に起こったことに受け入れることができるようになったと語る。

    「自分に機会があったことはとても幸運だった。僕はたくさんのレースをした、F1に到達し、いくつかのポイントを獲得した」とハイメ・アルグエルスアリは語った。

    「もちろん、レッドブルやもっと競争力のあるマシンに乗るチャンスはなかったけど、いずれにしろ、それが特権だったということに気づき始めた。それに感謝しなければならない。でも、しばらく経ってはじめてそれを認識できた」

    「その章を閉じるのに10年かかったし、トラックに戻るという決断をして、やっと閉じていることができた。以前はテレビでF1についての何かがやっていたらチャンネルを変えていた。新聞を読んでいるときも同じで、すぐにページをめくっていた」

    「今日、僕はアルファタウリのピットに入って、フランツ・トストとハグすることができる。ポジティブに見れるようになってきた。そして、自分がどれほど幸運だったかを実感した」

  • ハイメ・アルグエルスアリ、世界KZカート選手権でモータースポーツに復帰

    ハイメ・アルグエルスアリ、世界KZカート選手権でモータースポーツに復帰

    元トロロッソのF1ドライバーであるハイメ・アルグエルスアリは、25歳で引退してから6年後、世界KZカート選手権でモータースポーツへの復帰を計画している。

    ハイメ・アルグエルスアリとチームメイトのセバスチャン・ブエミは、2011年に揃ってダニエル・リカルドとジャン・エリック・ベルニュに現在アルファタウリとして知られるレッドブルのジュニアチームのシートを喪失。アルグエルスアリはピレリのF1テスとドライバーとして2年間過ごし、2015年にフォーミュEの初シーズンにヴァージン・レーシングから参戦した後、引退を発表した。

    現在、ハイメ・アルグエルスアリは、スクワイアという名前でプロのミュージシャンとして活動しているが、新型コロナウイルスのパンデミックでツアーやフェスティバルでの演奏ができなくなり、その時間をカートでのテストで時間を埋めた。

    2008年の英国F3チャンピオンであるハイメ・アルグエルスアリは、9月にクリスチャンスタッドで開催される世界KZカート選手権でレース復帰を目指している。

    30歳になったハイメ・アルグエルスアリは「今は20歳の時とはレースの見方が非常に異なっている」と説明。レース復帰は「実際には閉じられていない感情的な穴」を閉じるのに役立つことを望んでいると語る。

    「カートをテストしたときの間隔は長い間感じていいものだった」とハイメ・アルグエルスアリは語った。

    「僕がレースを始めたとき、ヘルメットの中で微笑んでいた。ただ純粋な愛のために運転していた」

    「今、カートに戻ってみて同じ気持ちになった 『競争力があり、人生にインスピレーションを与えたいと思っている状況に戻ってもいいはずだ』と思った」

    「F1以降は苦労した。引退後はレースのワードを聞きたくなかった。起こったことを受け入れるのが難しかったし、F1レースを見ていなかった」

    「でも、今、僕はいろいろな経験を積んだ。時間はそれをより簡単にしてくれた」

    ハイメ・アルグエルスアリは、現在、楽しむこと以外に具体的な目標はないと強調するが、物事をさらに進めて、おそらくマシンに戻ることを検討するためには競争力が必要だと述べた。

    「自分が期待するレベルに達していない、世界のカートドライバーのトップ10に入れないと思っていたら、本格的なカムバックはしなかっただろう」とハイメ・アルグエルスアリは語った。

    「自分にはスピード感があり、自分のドライビングを完璧に走らせたというフィーリングがある。自分の中にそのような気持ちがなければ、トライすることさえなかっただろう」

  • ハイメ・アルグエルスアリ 「F1時代の僕はまるで人形のようだった」

    ハイメ・アルグエルスアリ 「F1時代の僕はまるで人形のようだった」

    元F1ドライバーのハイメ・アルグエルスアリは、F1時代の自分はまるで“人形”のようだったと振り返る。

    スペイン出身のハイメ・アルグエルスアリは、2009年の第10戦ハンガリーGPでトロロッソから当時のF1最年少記録となる19歳125日でデビューを果たし、2011年までF1を戦ったがシートを喪失。今はレーサーを引退して、DJとして活動している。

    「F1を去ったときは憎しみを感じていた」とハイメ・アルグエルスアリは Ara にコメント。

    「準備が整っていない状態でF1のような資本主義の世界に入ったら、あなたは人形だ。ブランドを代表する。誰が友人で、誰が嘘をついているのかもわからない」

    「F1で意見を言うことはできない。僕は自分の意見を言いたかったんだけどね。僕のクルマと他のクルマに違いがあることはわかっていた」

    F1キャリアを終えたときは、レッドブルが他チームに移籍できないようにブロックしていたと考えていたが、今ではその考えは変わり、F1へと導いてくれたレッドブルに感謝していると語る。

    「それが起こったときは『人々は僕の敵だ』と考えるのは簡単だった。でも、後になって、彼らのおかげで自分がF1にいられたことを悟った。彼らはレースをするために僕に給料を払ってくれていtし、感謝しなければならない」

  • ハイメ・アルグエルスアリ、モータースポーツ引退を発表

    ハイメ・アルグエルスアリ、モータースポーツ引退を発表

    元トロ・ロッソのドライバーであるハイメ・アルグエルスアリ(25歳)がレースから引退することを発表した。

    ハイメ・アルグエルスアリは、2009年のF1ハンガリーGPでトロ・ロッソから19歳と125日でデビュー。当時のF1最年少記録を作った。

    その記録は今年のF1オーストラリアGPでマックス・フェルスタッペンが17歳でレースデビューしたことで破られている。

    ハイメ・アルグエルスアリは、トロ・ロッソで2009年シーズンを終え、その後2シーズンにわたってフル参戦したが、2011年末でチームを放出され、同時にレッドブルのドライバー育成プログラムからも外れた。

    21歳の若さでF1のシートを失ったことハイメ・アルグアルスアリは、2シーズンにわたってピレリのテストドライバーを務めたが、F1復帰は叶わなかった。

    その後、ハイメ・アルグエルスアリは、フォーミュラEに参戦して9レースを戦ったが、表彰台獲得はなく、最終戦のロンドン大会は健康不安のために欠場。前戦のモスクワ大会でレース後に意識を失ったことによる経過観察という説明だった。

    1日(木)にマドリードで記者会見が開かれ、ハイメ・アルグエルスアリはメディカルテストでは何も問題は見つからなかったが、レースを続けるためのモチベーションを失ってしまったと明かした。

    「僕には変化が必要だ」とハイメ・アルグエルスアリは述べた。

    「このガールフレンドへの愛情を失ってしまった。僕は25歳だ。新しい章を始めることにした・・・最近はレースに参加していないけど、これで終わりだとも言い切れない」

    ハイメ・アルグエルスアリは、F1で46戦を戦い、最高位は2011年のF1イタリアGPとF1韓国GPの7位フィニッシュだった。

  • ハイメ・アルグエルスアリ、健康問題でフォーミュラE参戦を断念

    ハイメ・アルグエルスアリ、健康問題でフォーミュラE参戦を断念

    健康問題によってライセンスを停止されているハイメ・アルグエルスアリは、また復帰の目途が立たず、2シーズン目のフォーミュラE参戦を断念することを発表した。

    元F1ドライバーのハイメ・アルグエルスアリは、フォーミュラE モスクワ大会のレース後に気絶。FIAによって一時的にライセンスを停止され、最終戦ロンドン大会えはヴァージンのシートを放棄していた。

    ハイメ・アルグエルスアリは、さらなる検査結果を待っている状態であり、ヴァージンがシトロエンのDSブランドとパートナーシップを開始するフォーミュラEの2シーズン目にグリッドに並ばないことを発表した。

    「7月の1ヵ月間、僕はいくつかの検査を受けたけど、医学的な解答は出ておらず、まだ最終的な診断を待っているところだ」とハイメ・アルグエルスアリは声明で述べた。

    「このような理由で、残念ながら、2015/2016シーズンのFIA フォーミュラE選手権に僕のチームであるDS ヴァージン・レーシングと参加できないことを発表しなければならない」

    「新しい選手権でのチームの健闘を祈っているし、彼らのサポートに感謝したい」

    「9月には自分の将来のプランを発表するつもりだ」

  • 前戦で気絶したハイメ・アグルエルスアリ、フォーミュラE最終大会を欠場

    前戦で気絶したハイメ・アグルエルスアリ、フォーミュラE最終大会を欠場

    元F1ドライバーのハイメ・アルグエルスアリが、健康面の懸念により、今週末のロンドンで開催されるフォーミュラE第10戦および最終戦を欠場することになった。

    ハイメ・アグルエルスアリは、6月6日に開催差入れた前戦モスクワ大会の決勝レース後に気絶。最初の検査では、アルグエルスアリの健康状態は“安全”だと診断されたが、彼のレーシングライセンスは、さらなる検査が実施されるまでFIAによって保留とされている。

    ロンドン大会では、マノー・マルシャのリザーブドライバーを務めるファビオ・ライマーが代役としてヴァージンから参戦する。

    ハイメ・アグルエルスアリ
    「6月6日のモスクワePrixの後、僕はレース中の脱水症状と極度の消耗により気絶しました。気絶したことにより、いくつか健康診断を受け、結果は良好でしたが、現在、FIAが僕が完全にスポーツキャリアを続けられると確認するまで、僕のライセンスは一時的に保留になっています」

    「僕の健康は安全であり、調子もいいです。今週末競争できると完全に確信していますが、セキュリティ的な理由で医学研究を詮索する必要があります」

    「このような理由により、ヴァージン・レーシング、FIA、そして医師とともに、僕たちは今週末のロンゴンePrixに参加しないことを決定しました」

    「シーズン最後のsPrixなので残念ですし、ファンの前でレースをしたかったですが、僕たちはFIAの手順を尊重しなければなりません」

    「2014/2015フォーミュラEシーズンの最後のePrixでのチーム・ヴァージンの幸運を心から祈っています」

    関連:テレビ朝日:フォーミュラE 第10戦・最終戦 テレビ放送スケジュール