カテゴリー: アレクサンダー・アルボン

  • アレクサンダー・アルボン、F1デビューに繋がったDAMSへの“懇願”

    アレクサンダー・アルボン、F1デビューに繋がったDAMSへの“懇願”

    アレクサンダー・アルボンは、必要な予算がない中で2018年のF2に参戦するためにDAMSのマネージングディレクラーであるフランソワ・シカールにレースシートを“懇願”したことが2019年のトロロッソ・ホンダでのF1デビューに繋がった。

    2017年のARTグランプリとのF2デビューシーズンには、わずか2度の表彰台で10位でシーズンを終えたアレクサンダー・アルボンは、2018年の最初の3ラウンドはDAMSと1戦ごとの契約という崖っぷちの状況でスタートした。

    しかし、その後、残りのシーズンの契約を確保したアレクサンダー・アルボンは、4勝、4度の表彰台、3度のポールポジションを獲得してランキング3位でシーズンを終了。その印象的なパフォーマンスは、日産にフォーミュラEでのレース契約をオファーさせた。

    アレクサンダー・アルボンのパフォーマンスにはレッドブルも注目。最終的にアルボンは日産とのフォーミュラE契約を解消し、2019年にブレンドン・ハートレーの後任としてトロロッソ・ホンダからF1デビューを果たすことが決定した。

    すべては、シーズン開幕前にDAMSのマネージングディレクラーであるフランソワ・シカールに売り込んだことが転機だったとアレクサンダー・アルボンは振り返る。

    「1月か2月だったと思うけど、フランソワ(シカール)に電話して文字通り今年のシートを懇願した。僕にはそのための資金がなかったけど、それでも彼は僕を起用してくれた」とアレクサンダー・アルボンはコメント。

    「それ以降は、常にポイントを獲得して、チャンピオンシップに留まることが重要だった。大きなジェットコースターだった。最終的に3位だったのはちょっと残念だった。僕たちは2位で終えるに値すると思っているからね」

    「今年には満足している。すべてDAMSのおかげだ。GP3が自分の本来のペースだったと信じている(アルボンは2016年にシャルル・ルクレールに次ぐ2位でフィニッシュ)。去年のF2は様々な理由で計画通りに進まなかった。今年は2016年の続きだった」

    アレクサンダー・アルボオンは、バクー、バルセロナ、モナコで3戦連続ポールポジションを獲得して、タイトル候補として今シーズンをスタートした。

    来年、ウィリアムズでF1デビューを果たすジョージ・ラッセル、マクラーレンでF1デビューを果たすランド・ノリスに次ぐ、3位でシーズンを終えたアレクサンダー・アルボンは「3戦連続ポールは本当にクールだった」と語る。

    「際立っていたと思うし、生のペースに関しては僕たちは本当に強かった。シーズン終盤に少しフェードアウトしてしまったけどね」

    「バクーで初めてF2のフィーチャーレースで勝てたのもハイライトだった。ノーマルな勝利ではなかったけど、前に出られたのは物凄いことだった」

    アレクサンダー・アルボンは、憧れのバレンティーノ・ロッシのカーナンバー“47”の半分となる“23”をつけてトロロッソ・ホンダでF1デビューを果たす。

  • アレクサンダー・アルボン、カーナンバー23は“ロッシの46番の半分”

    アレクサンダー・アルボン、カーナンバー23は“ロッシの46番の半分”

    トロロッソ・ホンダのアレクサンダー・アルボンは、F1カーナンバーとして選んだ“23”は、MotoGPのレジェンドであるバレンティーノ・ロッシの“46”の“半分”にした番号だと冗談交じりに語った。

    2012年に一度レッドブルのジュニアプログラムを外されたアレクサンダー・アルボンだったが、F2での活躍が認められ、2019年にトロロッソ・ホンダでのF1デビューを勝ち取った。

    バレンティーノ・ロッシのファンであるアレクサンダー・アルボンは、2006年にSuper 1 Honda National Championshipsのカデット・クラスにロッシの愛称“The Doctor”のステッカーで飾りつけたカーナンバー46のカートで参戦し、チャンピオンを獲得している。

    F1アブダビGP後にトロロッソ・ホンダのF1レースドライバーになることが発表されたアレクサンダー・アルボンは、FIAが2019年の暫定F1エントリーリストを発表した時点ではカーナンバーが確定していなかったが、その後、23番を使用することがトロロッソの公式ホームページで公表されていた。

    アレクサンダー・アルボンは「僕はずっとロッシのファンだったんだ。ザ・ドクターの代わりになることはできないけど、せめてその半分くらいにはなりたいなと思ったんだ」と自身のTwitterにカート時代の写真とともに投稿した。

    Alexander Albon Toro Rosso Honda

    先週、2019年にマクラーレンでF1デビューを果たし、F2でアレクサンダー・アルボンとタイトルを争ったランド・ノリスは、バレンティーノ・ロッシの46番を使うことも検討し、またカート時代に彼の46番を使用していたアレクサンダー・アルボンのファンだったことを明かした。

    ランド・ノリスは、バレンティーノ・ロッシの“真似をした”とは思われたくなかったので、自分だけのカーナンバーとして育っていくため4番を選んだと語っている。

    アレクサンダー・アルボンは、2018/19シーズンから日産e.damsとフォーミュラEに参戦する契約を結んでいたが、F1での夢を掴むために契約を解消。

    トロロッソ・ホンダとの契約が発表された直後にヤス・マリーナ・サーキットで開催されたF1のポストシーズンテストには参加したが、まだF1マシンを走らせていない。

    先週、アレクサンダー・アルボンは、ファエンツァのトロロッソのファクトリーを初訪問している。

    関連:ランド・ノリス 「バレンティーノ・ロッシの“46”を真似るのは避けた」

  • アレクサンダー・アルボン、F1カーナンバーは“23”を選択

    アレクサンダー・アルボン、F1カーナンバーは“23”を選択

    2019年にトロロッソ・ホンダでF1デビューをは果たすアレクサンダー・アルボンは、F1キャリアで使用する固定カーナンバーとして“23”を選択した。

    今年のF2シリーズを3位で終えたタイ国籍のアレクサンダー・アルボン(22歳)は、2019年にダニール・クビアトのチームメイトとしてトロロッソ・ホンダからF1デビューを果たす。

    トロロッソは、チームの公式ウェブサイトを更新。アレクサンダー・アルボンのプロフィールページでカーナンバーが“23”であることが明らかになった。

    NBAのレジェンドであるマイケル・ジョーダンが使用していた23番は、同じくNBAのレブロン・ジェームズ、元サッカー選手のデイビッド・ベッカムが使用するなど、スポーツ界では象徴的なナンバーとなっている。

    だが、アレクサンダー・アルボンの誕生日は1996年3月23日であり、誕生日も選択の理由になった考えられる。また、3月17日の開幕戦オーストラリアGPの6日後にはアルボンは23歳になる。

  • アレクサンダー・アルボンについて知っておくべきこと

    アレクサンダー・アルボンについて知っておくべきこと

    アレクサンダー・アルボンは、困難を乗り越え、努力を重ねて2019年にトロロッソ・ホンダからF1デビューするチャンスを掴んだ。

    同世代のジョージ・ラッセルやランド・ノリスに続き、アレクサンダー・アルボンもまた絶好のチャンスを掴んで2019シーズンでF1デビューするヤングドライバーのひとりだ。

    トロロッソ・ホンダのドライバーとして開幕戦のグリッドに並ぶタイ国籍ドライバーについて知っておくべき情報をまとめてみた。

    F1史上2人目のタイ国籍ドライバー
    ナイジェルという名の父を持ち、ロンドンに生まれ、英国・イプスウィッチの私立校で学び、同国・ハートフォードシャーの街、ホッデスドンでレーシングカートを初体験したアルボンだが、母親がタイ出身のため、F1にはタイ国籍ドライバーとしてエントリーすることになる。長いF1の歴史の中で、過去にタイ国籍で出走したドライバーは、ビーラポンパーヌデート=パーヌパン親王(タイ王国王子。エントリー名は「B.Bira / B.ビラ」)しかいない。パーヌパン親王もまた英国イートン校やケンブリッジで青年期を過ごし、F1世界選手権黎明期の1950〜54シーズンで計19戦に出走した。

    父ナイジェルはBTCCで活躍した元レーシングドライバー
    父親ナイジェル・アルボンも数々の国際的なレーシングシリーズに参戦した経験を持っているが、息子のアレクサンダーと異なるのは、ナイジェルがルーフ付きのマシンを主にドライブしてきた点だ。彼はRenault Clio Cup に参戦したあと、1990年代初頭にBTCC(英国ツーリングカー選手権)のインディペンデント・カップでRenault 19をドライブし、その後も2005〜2007シーズンの3シーズンに渡り、Porsche Carrera Cup Asiaに参戦した。

    一度はRed Bull Junior Teamから脱落するも、自力でステップアップした
    2008年に弱冠12歳でRed Bull Junior Teamに抜擢されたアルボンは、2012シーズンにスペインのチームEPICからユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0シリーズに参戦した。総合38位と低迷し、Red Bull Junior Teamプログラムから脱落したアルボンだったが、翌2013シーズンにKTCチームへ移籍して同シリーズへの参戦を続けると、リザルトが伸びを見せ始めた。

    「マシンに乗り込むたびに、懸命に努力して自分を印象付けようとしてきた」とアルボンは語る。

    「僕を信じてセカンドチャンスを与えてくれたレッドブルとヘルムート・マルコ博士に深謝したい」

    奇しくも、2012シーズンのユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0シリーズにはのちにF1へ進出するドライバーたちが揃って参戦していた。2012年のRed Bull Junior Teamメンバーには、ダニール・クビアト、カルロス・サインツ(2012年当時はF3参戦中)の姿がいた。また、当時のアルボンのライバルにはエステバン・オコンやストフェル・バンドーンもいた。

    さらには、ラリークロスへ転向する前のティミー・ハンセン(現在はPeugeot 208でFIA世界ラリークロス選手権に参戦中)や、2019シーズンからAston Martin Red Bull Racingに加入するピエール・ガスリー(当時16歳)なども、2012シーズンのユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0シリーズに参戦していた。

    GP3時代のチームメイトはシャルル・ルクレール
    アルボンが2016シーズンのGP3に参戦していた当時のチームメイトは、今やF1で高い評価を受けるシャルル・ルクレールだった。このシーズンはルクレールがチャンピオンに輝き、アルボンは総合2位に終わったが、シーズンの合計勝利数で見ると、アルボンはルクレールの3勝を上回る4勝を記録している。

    ルクレールもアルボンと同じく、レーシングカートからフォーミュラ・ルノーへステップアップしたドライバーだ。ちなみに、ルクレールは2013シーズンのCIK-FIA ワールドKZチャンピオンシップであのマックス・フェルスタッペンに次ぐ総合2位を獲得している。2017シーズンにFIA F2へステップアップしたルクレールは、参戦初年度でF2史上最年少チャンピオンに輝き、2018シーズンにSauberからF1デビュー。2019シーズンからセバスチャン・ベッテルと共にFerrariを背負う彼は、素晴らしいキャリアを歩んでいる。

    2018シーズンのFIA F2で大活躍
    F1のフィーダーシリーズとして2017シーズンにFIA F2が復活したことは、アルボンにとってもグッドニュースだった。初年度はART Grand Prixに所属し、数回の表彰台を獲得して総合10位で終えたアルボンは、2年目となる2018シーズンはDAMSに移籍。アゼルバイジャン・英国・ハンガリー・ロシアの各レースで優勝を飾った他、4度の表彰台を獲得して総合3位と大活躍を見せた。いよいよモータースポーツの頂点で戦うことになる2019シーズンのアルボンに注目しよう。

  • アレクサンダー・アルボンの母親に巨額詐欺事件で逮捕歴

    アレクサンダー・アルボンの母親に巨額詐欺事件で逮捕歴

    トロロッソ・ホンダで2019年にF1デビューを果たすアレクサンダー・アルボンの母親カンカモル・アルボンは、750万ポンド(約10億8600万円)の自動車詐欺で投獄されていた過去が Mirror によって報じられている。

    報道によると、アレクサンダー・アルボン(22歳)の母親カンカモル・アルボン(47歳)は、高級車のマルチ商法による詐欺で6年間の懲役刑を受けたという。

    彼女はフェラーリ、ベントレー、ブガッティ、ロールス・ロイスを投資家に割引価格で販売し、それを再び販売することで利益を得られることを約束したが、大半の顧客はその利益を受け取ることができず、1台の車が2人に売られていた。

    カンカモル・アルボンは、新しい犠牲者から受け取った金を不満を抱く顧客に支払い、それ以外の顧客には利益を“再投資”するよう説得。犠牲者は家や事業を失ったが、カンカモルはイングランド東部のエセックスに400万ポンド(約5億9000万円)の豪邸を所有していた。

    また、カンカモル・アルボンには子供が5人おり、その子供たちを私立学校に通わせるために年間1万ポンド(144万円)を使っていた。

    アレクサンダーの父親ナイジェル・アルボンと疎遠になっていたカンカモルは、2008年に破産したあと、虚偽の報告と公的収入の不正行為で逮捕された。

    2012年、彼女に判決を言い渡したルパート・オーバーベリー判事は“貪欲さによる大規模な詐欺”だったとし、「しつこく投資家を騙した。大半の投資家は車を見たこともなかった」と述べた。

    サフォーク警察のエイドリアン・フィンボウ刑事は、「彼女の動機は、過剰な貪欲さ、つまり、高級品を買い、贅沢なライフスタイルを送りたいという欲望だけだった」と述べた。

    カンカモル・アルボンの自宅は差し押さえられ、警察は彼女のマルベリー製のハンドバックを6万ポンド(868万円)で競売にかけた。

    先週、アレクサンダー・アルホンは、2019年のF1シーズンにトロ・ロッソ・ホンダでF1デビューすることが発表された。

    「どれくらい興奮しているか、どれくらい誇らしく思っているかを表せる言葉を思いつかない。F1に参戦する機会を与えられるなんて非現実的だ」とアレクサンダー・アルソンは述べた。

    ロンドン生まれのアレクサンダー・アルボンは、母親の出身であるタイの国旗の下でレーシングをしているが、バッキンガムシャー州ミルトン・キーンズに住んでいる。

    カンカモル・アルボンは、息子のF1昇格に「ノーコメント」とだけ語った。

    カンカモル・アルボン

  • トロロッソ・ホンダ | アレクサンダー・アルボン 特別インタビュー

    トロロッソ・ホンダ | アレクサンダー・アルボン 特別インタビュー

    アレクサンダー・アルボンが、2019年のトロロッソ・ホンダからF1デビューすることついての心境を語った。

    イギリス育ちのタイ国籍ドライバーであるアレクサンダー・アルボン(22歳)は、2012年に一度レッドブルのドライバープログラムから外されている。しかし、その後、ジュニアカテゴリーで実力を磨き、今年はF2でランキング3位で終える活躍をみせた。

    その活躍がレッドブルの前にとまり、アレクサンダー・アルボンは、決定していた日産e.damsでのフォーミュラE参戦を蹴って、トロロッソ・ホンダでF1という夢を選んだ。

    アレクサンダー・アルボンは、トロロッソ・ホンダの公式インタビューで、F1ドライバーになった心境について語った。

    F1ドライバーになるという連絡はいつ、どこで受けました?
    月曜日の午後に電話を受けた。自分がトロロッソのドライバーとして確認され、チームは発表する準備が整ったと伝えられた。僕は何枚かトレーナーを買うためにショッピングモールにいたのでホテルに急いで戻ったよ!

    あなたの反応はどんな感じでしたか? 完全に思いがけないことでしたか?
    6歳の時からこの瞬間を待っていたので本当に興奮したよ。ここ数ヶ月間、トロロッソに参加できるように日産e.damsと状況を解決しようとしていたので、それが思いかけないことだったとは言えないけどね。それでも最終的にそれが実現したときは信じられなかったよ!

    最初に誰にそのニュースを伝えましたたか?
    最初に連絡したのは母親だった。彼女はおそらく僕よりも興奮していたね。

    あなたはエキサイティングなオーバーテイクをすることで知られています。F1にあなたのレーシングスタイルを持ち込めると自信を持っていますか?
    そうだね。F1のクルマの設計はオーバーテイクが難しいけど、来年のルールによって素晴らしい戦いができると確信している。グリッドの半分くらいのドライバーはカート時代からレースをしていた。かなりクールなことだし、いくつかの点で昔のバトルと同じように感じるだろうね!

    あなたはタイの国旗の下でレースをしています。1950年代以来となるF1グリッドに並ぶタイ出身ドライバーになることをどれくらい誇りに思っていますか?
    タイを代表することをとても誇りに思っている。僕と僕の家族にとってこのような機会が与えられることは大きな栄誉だ。彼らに誇りに思ってもらえるようになりたいと思う。

    2012年にチームから落とされた後の期間はどれくら困難でしたか?
    とても厳しかった。多くの理由で僕にとって厳しい一年だった。少なくとも僕の結果だけが原因ではなかったけど、それによってはるかに困難な状況に陥った。レースを止める危機に瀕していた。そこからは運転するたびに印象を与えなければならないことをわかっていた。そして、幸いにも、マルコ博士が二度目のチャンスを与えてくれた。

    F1の夢は終わったと思いましたか?
    決して諦めることはなかったし、まだ実現できると信じている必要があった。そうは言っても、僕は適切な予算を持っていなかったので、F1に行くチャンスは非常にスリムであることはわかっていた。現実的に僕がこの機会を得るための唯一の方法はトロロッソ / レッドブルだけだったkど、皆さんもご存じのようにマルコ博士に感銘を与えるのは簡単なことではないんだ!

    2019シーズンのあなたの希望と目標は何ですか?
    個人的には、シーズン終了時のための目標は設定していない。各レース週末を最善を尽くしていくことが重要だ。メルボルンまでにクルマに乗れる時間は多くないので、できるだけ準備して、レース毎に取り組んでいくことが非常に重要だ。もちろん、定期的にポイントを争って、きちんと締めくくれれば素晴らしいだろう。

    F1のあなたのアイドルは誰ですか?
    ミハエル・シューマッハだ。彼のとりこだったよ!

    モータースポーツ以外では、他にどのようなことをして自分の時間を楽しんでいますか?
    ほとんどの時間をトレーニングに費やしているし、残りは家族や友人…そしてペットと一緒に過ごしているかな。動物が大好きなんだ。家には2匹の犬と5匹の猫がいるよ。

    人々が知り得ない隠された才能はありますか?
    絵を描くこととデザインをすることはかなり得意と言えるかもしれない。他のドライバーのヘルメットのデザインを手伝ってあげてさえいるんだ!

  • トロロッソ代表 「クビアトとアルボンは競争力のあるドライバー」

    トロロッソ代表 「クビアトとアルボンは競争力のあるドライバー」

    トロロッソ・ホンダは、2日間のテストでチームのこれまでの最大の走行距離となる305周(1694km)を走破した。

    11月27日(火)・28日(水)の2日間にわたってF1アブダビGPの舞台となったヤス・マリーナ・サーキットでピレリのタイヤテストが実施された。

    トロロッソ・ホンダは、初日にテストドライバーのショーン・ゲラエル、そして2日目に2019年のドライバーとしてチームに復帰するダニール・クビアトが走行を担当した。

    また、もうひとりの2019年のドライバーとして11月25日(月)に発表されたばかりのアレクサンダー・アルボンも走行はなかったもののトロロッソ・ホンダのチームウエアに身を包んでチームの作業を見守った。

    初日のテストを担当したショーン・ゲラエルは、150周を走行。タイムは全体で最下位となる12番手の1分40秒435だった。

    2日目にはダニール・クビアトが走行を担当。トロロッソでの走行は昨年のアメリカGP、F1マシンでの走行は今年4月のフェラーリでのテスト走行以来。ホンダのF1エンジンを走らせるのは初めてとなるクビアトは、155周を走り込み、8番手タイムとなる1分38秒862をマークした。

    トロロッソのチーム代表フランツ・トストは「ピレリタイヤの2日間のポストシーズンテストで、レッドブル・トロロッソ・ホンダは印象的な305周(1694km)を走破した。これは我々がこれまで2日間のテストで達成した最大のマイレージであり、非常に信頼性の高いマシンを用意したチームとホンダのハードワークを祝福したい」とフランツ・トストはコメント。

    「初日はショーン・ゲラエルが走行し、彼の正確なテクニカルフィードバックは本日のテストと2019年仕様のピレリタイヤの最適なセットアップを見つけるための良いベースとなった」

    「我々全員がテスト2日目にダニールがトロロッソに戻ってくるのを本当に楽しみにしていたし、彼はすぐにい良いパフォーマンスを見せてくれた」

    「我々が収集した新しいデータのすべてがエンジニアが来年のタイヤの準備と走行方法に関する有効なプラットフォームとなる」

    「我々はすでに来シーズンを楽しみにしている。ダニールとアレックスは非常に競争のあるドライバーであり、彼らがコースに送り出すのが待ち切れない」

    初日のテストを担当したショーン・ゲラエルは「150周! いつだってそれくらい走れるのは良い一日だ。再びクルマに戻ることができて本当に嬉しかったし、全てのラップを楽しんだ!」とコメント。

    「多くのデータを収集して、チームのためにフィードバックを与えた。それが重要だった。タイミングスクリーンでもっと上位にいたかったのは確かだけど、昨日の僕たちの焦点はレースシミュレーションだったし、かなりうまくいった」

    2日目のテストを担当したダニール・クビアトは「今日はとてもポジティブだったと思うし、1日でグランプリ3回分の155周をカバーできたので良い一日だった」とダニール・クビアトはコメント。

    「正直、クルマをすぐに快適に感じられたし、自信も感じることができた。素晴らしかったね」

    「今日重要なのは来年に向けてタイヤを十分にテストし、チームにとって多くの有益な情報とデータを集められたことだ」

    「ここを本当に快適に感じているし、戻ってくることができて本当に嬉しい。来年を本当に楽しみにしているよ!」

  • ジョージ・ラッセル 「F1でアルボンとまたレースができて嬉しい」

    ジョージ・ラッセル 「F1でアルボンとまたレースができて嬉しい」

    ジョージ・ラッセルは、今年のF2でタイトル争いを繰り広げたアレクサンダー・アルボンがトロロッソ・ホンダのF1ドライバーに抜擢され、F1の舞台でまた戦えることを本当に嬉しく思っていると語る。

    アレクサンダー・アルボンは、今年のF2のシーズン開幕時のDAMSとの契約は1戦ごとのものだった。しかし、ジョージ・ラッセルとチャンピオンシップ争いを演じるパフォーマンスを見せたことですぐにフルシーズン契約を勝ち取った。

    最終的にアレクサンダー・アルボンは4勝を挙げ、チャピオンを獲得したジョージ・ラッセル、ランド・ノリスに次ぐランキング3位でシーズンを終えた。

    F2での活躍はレッドブル首脳陣の目に留まり、アレクサンダー・アルボンはすでに合意していた日産とのフォーミュラE契約を解消し、2019年にダニール・クビアトのチームメイトとしてトロロッソ・ホンダでF1デビューを果たすことが決定した。

    2019年にウィリアムズからF1デビューを果たすジョージ・ラッセルは「彼のために本当に嬉しく思う。彼は本当に素晴らしいドライバーだ」とアレクサンダー・アルホンのF1デビューを喜んだ。

    「おそらく彼のジュニアキャリアは簡単なものではなかったと思うけど、彼が素晴らしいドライバーであることに疑いのないことし、このチャンスにふさわしいと思う」

    「もちろん、彼は現時点ではF1経験がないけど、数レース後を終えて、シーズンの終わりには本当に良いパフォーマンスを発揮できていると思う」

    過去にF1の下位カテゴリーであるGP2/F2でチャンピオンを獲得したストフェル・バンドーンやピエール・ガスリーといったドライバーはF1シートを獲得するのに苦労したが、最近のマックス・フェルスタッペンやシャルル・ルクレールのような若手の活躍により、流れは変わってきている。

    アレクサンダー・アルボンのトロロッソ・ホンダのシート獲得は、今年のF2のトップ3が2019年のF1シートを獲得したことになる。ジョージ・ラッセルは、F1チームにとってもたらされる機会の増加は、現在の若手ドライバーの波を反映したものだと感じていると語る。

    「F1チームは、ジュニアモータースポーツのレベルを認識し始めていると思う」とジョージ・ラッセルは語る。

    「特に僕とランドは運が良かったと思う。数年間F1チームの周りにいて、レースをして、多くのことを学んでいるからね」

    「もちろん、常に速くなければならないし、経験を積むと知識は増えていく。この世代のドライバーにとってとても良いことだと思う」

    「F1を目指しているとき、何年も前からレースをしてきた同じ人たちとレースができることは期待していないものだ。数年前に6~7人のドライバーとレースをしていたと思うし、正直、同じドライバーとずっと進歩していくのはかなり変な感じだ」

    「このグループのドライバーはかなり才能があると思うし、本当に速いドライバーの集団だと思う。今後数年間僕たちがここにいられることを願っている」

    Alexander Albon Goerge Russell

  • アレクサンダー・アルボン 「F1デビューできるなんて夢のよう」

    アレクサンダー・アルボン 「F1デビューできるなんて夢のよう」

    アレクサンダー・アルボンが、2019年にトロロッソ・ホンダでF1デビューする喜びを自身のTwitterで改めて語った。

    トロロッソ・ホンダは11月26日(月)、2019年のダニール・クビアトのチームメイトとして、F2ドライバーでルーキーのアレクサンダー・アルボンを起用することを発表した。

    イギリス育ちでタイ国籍のアレクサンダー・アルボン(22歳)は、今年2年目となるF2で、最終戦アブダビまで2019年にウィリアムズでF1デビューが決定しているジョージ・ラッセルとタイトルを争っていたが、レース1のスタートでエンジンをストールさせたことが響き、優勝したジョージ・ラッセルがタイトルを獲得している。

    また、来期は日産e.damsからフォーミュラE参戦が決定していたが、日産はアレクサンダー・アルボンとの契約を解消し、アルボンのトロロッソ・ホンダでのF1デビューを可能にさせた。

    2012年に一度レッドブルのジュニアプログラムから外されているアレクサンダー・アルボンは「自分が2019年にスクーデリア・トロ・ロッソで走ることにどれくらい興奮し、誇りに思っているかあまり言葉では表現できない」とコメント。

    「今年はグリッドで上り坂のバトルができたし、F1でチャンスを与えられて夢のようだ」

    「本当にたくさんの人たちに感謝している。2度目のチャンスをくれたレッドブル、F2で可能性を与えてくれたジャン=ポール・ドゥリオ(DAMSチーム代表)、しして、夢を追いかけることを許してくれた日産e.damsの皆さん、それに、スポンサー、家族、トレーナー、グウェン・ラグレ、ダン・チャップマン。全力を尽くすよ」

    関連:トロロッソ・ホンダ、アレクサンダー・アルボンの起用を正式発表

  • トロロッソ・ホンダ、アレクサンダー・アルボンの起用を正式発表

    トロロッソ・ホンダ、アレクサンダー・アルボンの起用を正式発表

    トロロッソ・ホンダは、2019年のF1ドライバーとしてアレクサンダー・アルボンを起用することを正式発表した。

    アレクサンダー・アルボンは、今年のF2選手権でジョージ・ラッセル、ランド・ノリスに次ぐランキング3位でシーズンを終えている。2019年はF2チャンピオンのジョージ・ラッセルがウィリアムズ、2位のランド・ノリスがマクラーレン、そして、3位のアレクサンダー・アルボンがトロロッソ・ホンダとトップ3全員がF1へと昇格する。

    アレクサンダー・アルボンは、日産と契約してから2018/19シーズン以降のフォーミュラEへの参戦が決まっていたが、レッドブルが関心を示したことで事態は急変。11月26日(月)に日産はアレクサンダー・アルボンが“モータースポーツの異なる機会を受け入れる”ために契約を解消したことを発表していた。

    タイ系イギリス人のアレクサンダー・アルボン(22歳)は、2012年にレッドブルのジュニアプログラムを外されていたが、ダニール・クビアトとともにレッドブル・ファミリーに復帰することになった。

    アレクサンダー・アルボンは「来年、F1にいられるなんて本当に信じられない気分だ」とコメント。

    「シングルシーターのキャリアを通して、何度かアップダウンを経験してきた。2012年にはレッドブルから脱落し、その時からF1への道のりはかなり厳しいもになっていた。クルマに乗るたびに活躍できるように本当に懸命に頑張ってきた。僕を信じて2度目のチャンスを与えてくれたレッドブルとマルコ博士には心から感謝しなければならない。僕はずっとモータースポーツで生きてきたし、初めてマシンに乗った時からF1に行くことが夢だった。このようなチャンスを与えられたことは、とにかく信じられないことだ」

    トロロッソ・ホンダのチーム代表のフランツ・トストは「アレクサンダーは2018年に印象的なF2シーズンを過ごした。彼は4勝を挙げ、チャンピオンシップを3位で終えている。レースで彼が多くのライバルをオーバーテイクしてきたことは、彼の準備が整い、F1でレースをするに成熟していることを示している。ダニールとアレックスという、2人の若く、とても強力で競争力のあるドライバーとともに、スクーデリア・トロ・ロッソは2019年を非常に楽しみにしている」

    今シーズン、トロロッソ・ホンダのドライバーを務めたピエール・ガスリーは、2019年にレッドブル・レーシングへの移籍。初めてF1にフル参戦したブレンドン・ハートレーはわずか1年でF1を去ることになった。

    2019年、トロロッソ・ホンダは、ルーキーのアレクサンダー・アルボンと1年ぶりにチームに復帰するダニール・クビアトとともに新体制で挑む。

    Alexander Albon