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  • Juju(野田樹潤) F2000フォーミュラトロフィーで女性初のチャンピオン獲得

    Juju(野田樹潤) F2000フォーミュラトロフィーで女性初のチャンピオン獲得

    Jujuこと野田樹潤が、2023 Zinox Laser F2000 Italian Formula Trophyでタイトル獲得。国際F3規格のレースで女性として史上初のシリーズチャンピオンに輝いた。

    F2000 Italian Formula Trophyは、フォーミュラ3やフォーミュラ・ルノーレベルのマシンを使用し、プロとアマチュアのドライバーがさまざまなクラスで競い合う選手権。7大会14戦で争われ、11月5日(日)にイタリアのミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリで最終ラウンドが開催された。

    元F1ドライバー野田英樹の娘であるJuju(17歳)は、最上位のSuper Formulaクラスにエントリーし、7勝を挙げてタイトルで最終戦を迎えた。

    最終戦でJujuは、ポールジションを獲得し、レース1、レース2ともに優勝。国際F3規格のレースで女性として史上初となるシリーズチャンピオンに輝いた。

    Juju 野田樹潤

    「最終戦にてシリーズチャンピオンを獲得できました」とJujuは自身のInstagramで報告。

    「今季の締め括りとなる最終戦は、イタリア、ミザノにて開催されました。この選手権は、14戦中11戦の有効ポイント制となっていて、安定してポイントを重ねてきた事で総合獲得ポイントはトップですが、3戦を捨てるとなると、一気に2位に転落してしまい追う立場となって、この最終戦を迎えなくてはなりませんでした」

    「スポンサー、ファン、チーム、友人、知人、チーム全員が一丸となって挑んだ大一番だったと思います。集大成となる最終戦で、マシンの仕上がりは、メカニックの連日の努力のおかげで素晴らしいものでした」

    「プラクティスから好調で、死角はないように見えました。しかし予選で走り始めて、ある問題が発生。予選時間は14分間しかなく、走行台数が多いこのレースでクリアラップを見つけるタイミング難しい為に致命的でした。それでもその時点でやるべき事をやるしかありません」

    「残された時間で計測できる周回は3周。1周目のアタックでは、その時点で2位だったガリ選手にレコードラインをスローダウンで妨害されて台無しに。どんな手を使ってでもトップを取りたいと言う心情はわからなくもないですが、もっとフェアな戦いをしてほしい、F1なら確実にペナルティです」

    「この予選で決勝2レースの順位を決める為、2周のベストタイムを記録しなくてはなりません。もうあとはなく、この時点でイエローが出たり、遅い車両に引っかかると終わりです」

    「アタック2周目クリアラップに恵まれて2位に約1秒近いタイム差でトップタイムを記録、続くアタック3周目は少し遅い車両に引っかかったのとチャンピオン争いをするベルタ選手がスローダウンしてまたもレコードラインを塞がれました。こう言うのは本当に残念に思います」

    「ただそれでも唯一28秒台のトップタイムを記録してチェッカーを受け、2レースともにポールポジションを獲得する事に成功しました。運も味方をしてくれた結果だったと思います」

    「翌日の決勝レース1は、夜中に降った雨の影響でスタート時点の路面は半乾きでした。こう言うコンディションは得意とする分野で後方とタイヤの状況を見ながら、ペースをコントロールして走行を重ねていきました。ブルーフラッグをリスペクトしてくれない周回遅れの車両が何台かいて、結構ひやっとする場面もありましたが、落ち着いて最後まで走り切ってポールトゥウィンを達成し、この時点でで選手権ポイントを逆転できました」

    「残るは決勝レース2、スタートでチャンピオン争いをするベルタ選手が前に出ましたが、後ろから見ていて必死に走っているのが見て取れました。あれではタイヤは後半辛くなるなると予想、周回ペースも遅かったので、これはプレッシャーをかけてタイミングを見ていれば抜けると感じていました。プレッシャーをかける意味でも常にピッタリ直後につけていたところ、最初の周回遅れがでた所で彼は無理に抜きに行って接触。後方から見ていて、あれはいくだろうなと予想でき、避ける心の準備をしていた事もあって巻き込まれずに済みました」

    「この時点でチャンピオンは決定。レース中盤でセーフティカーが入り、再スタート直後にガリ選手が強引に抜きに来たので、無理にブロックする事もせずに譲りました。その後もピッタリ後ろにはついて、ダウンフォースがなくなる状況での練習と思い最後まで走り切って2位となり、逆転年間チャンピオン獲得となりました」

    「この一年を振り返ると沢山の経験をする事ができ、とても成長させて頂けたと思います。ユーロフォーミュラの優勝も合わせて年間10勝とシリーズチャンピオンは、とても大きな自信になりました」

    「昨年Wシリーズの屈辱的な体制で走らされ、自信を無くしかけましたが、逆にあれが自身の精神力のトレーニングにもなり、強くなれたと思います。まさしく全ての経験はポジティブに捉える事で肥やしになると言う事です」

    「Zinox F2000 Trophy 選手権を主催、プロモートするPiero Longhi代表は、素晴らしくフェアな方です。これまでヨーロッパでレースをしてきていろいろありましたが、このレースに出場して本当に良かったと思っています」

    「イタリアF3選手権から遡って、女性初のシリーズチャンピオンとなりました。チャンピオンと言う事の実感はまだありませんが、一区切りできたと思います」

    「ご声援ありがとうございました!」

    Jujuと元F1ドライバーの父、野田英樹

  • 野田樹潤、2023年のユーロフォーミュラ・オープンへの参戦が決定

    野田樹潤、2023年のユーロフォーミュラ・オープンへの参戦が決定

    野田樹潤(Juju)は、ユーロフォーミュラ・オープンシリーズ(EFO)にNODA RACINGから参戦することが決定。EFOは、ヨーロッパで開催されるF3ベースの全8戦のシリーズで、2009年から多くのF1ドライバーやインディカードライバーを輩出している。

    EFOは、ヨーロッパを代表するレースシリーズであり、毎戦ハイレベルなレースが繰り広げられ、上位を目指すドライバーの真の登竜門となっている。2023年からは、全8戦のワンメイクカーとしてダラーラF320が使用される予定となっている。

    Jujuは、今年3月24日から25日にかけてイタリアのムジェロで開催されたDREXLER CUPに参戦し、レース1で4位、レース2で優勝を果たした。このヨーロッパでのキャンペーンスタートを成功させた後、彼女は働きながらさらに技術を向上させることを決意した。

    GT SportのCEOであるジーザス・パレハ(EFO運営組織代表)は「JujuがEFOに参加することは、私たちにとっても、Juju本人にとっても、素晴らしい機会だ」と語った。

    彼女のEFO出場は、彼女をサポートするスポンサーの努力によって実現した。

    NODA RACINGのチームマネージャーの野田英樹は、EFOへの挑戦について「Jujuは、6台のマシンを投入し、過去4回のうち3回優勝しているトップレベルのチームと対戦することになります。私たちのような小さなワンメイクのチームにとっては、まさにチャレンジです。しかし、Jujuは過去に、その上を行く、不可能を可能にする力を私たちに見せてくれました」と語った。

    Jujuは「この決断は大きなチャレンジですが、楽しみです。超高速で経験豊富なドライバーと競い合うことで、多くのことを学び、向上することができると思うからです。ただ、自分のベストを尽くし、向上し、楽しみたいと思います」

    野田樹潤 F1 野田英樹元F1ドライバーの野田英樹と野田樹潤(Juju)の親子二人三脚で強豪に挑む。

    ジーザス・パレハ(GT Sport CEO/EFO運営組織代表)
    「Jujuは、日本から来た若い女性で、大きな可能性を秘めた真のチャレンジャーです。彼女が我々のシリーズに参加することは、我々にとっても、彼女にとっても大きな意味があります。私たちはJujuの成功を応援しています」

    野田樹潤(Juju)
    「先日の優勝に続き、とてもエキサイティングなニュースです。辛いことがあっても決してあきらめない、その精神が先週の勝利につながりました。ムジェロでの勝利は本当に嬉しかった。EFOでは1秒1秒を楽しみ、超高速で経験豊富なライバルたちと一緒にドライバーとして成長していきたいと思っています。EFOに参戦し、GT Sportに迎えられたことは、私のキャリアにとって大きな一歩になると思います。このような機会を与えてくれたWSP、ZEXAVERSE、MIKIHOUSE、その他多くのスポンサー、ファン、友人、家族に感謝したいと思います。今年は、本当に物事が正しい方向に進んでいると感じています」

    野田英樹(NODA RACING チームマネージャー)
    「今年も多くのスポンサー、ファン、友人、家族に支えられていることに感謝したいです。多くのF1ドライバーの出身地であるユーロフォーミュラ・オープンレースに参戦できることは、私にとって大きな喜びです。ユーロフォーミュラ・オープンの運営団体であるGT Sport、スポンサーをはじめとする多くの方々のご尽力があってこそのことです。このシリーズは、数年前からドイツのTeam Motoparkが独占しています。彼らは今シーズンも6台のマシンを走らせるチームです。私たちのような1台の小さなチームが彼らと競争するのは大変なことですが、Jujuは不可能を可能にし、それ以上のことをすることで、私たちに道を示してくれました。Jujuの夢を実現するために、この挑戦を応援していただけると幸いです」

    野田樹潤(Juju) 参戦マシン

    ユーロフォーミュラ・オープン2023年カレンダー
    4月30日 ポルティマオ (POR)
    5月15日 ポー(FRA)
    5月28日 スパ (BEL)
    6月18日 ハンガロリンク (HUN)
    7月23日 ポール・リカール(FRA)
    9月10日 レッドブル・リング(AUT)
    9月24日 モンツァ (ITA)
    10月22日 バルセロナ(ESP)

  • 野田英樹&Juju親子が『ジャンクSPORTS』に出演 | 4日(日)19時~

    野田英樹&Juju親子が『ジャンクSPORTS』に出演 | 4日(日)19時~

    元F1ドライバーの野田英樹と小学生ながらプロレーシングドライバーでもある娘のJuju親子が、2月4日(日)放送の『ジャンクSPORTS』に出演する。

    『ジャンクSPORTS』は、MCのダウンタウン浜田雅功と、各界で活躍する一流のアスリートたちとのクロストークが大きな見どころのスポーツバラエティー。4日(日)は、家族SPと題して、家族そろって戦う日本を代表するアスリートファミリーがスタジオに集結する。

    2月2日に12歳になったJujuは、小学生ながらプロレーシングドライバー。3歳でカートに乗り始め、4歳でカートレースデビュー。父・野田英樹の下、5歳でプロレーシングドライバーになることを決意。その後も各レースに出場し、最年少での優勝を次々と果たしていく。2017年3月コースレコードを0.9秒上回る記録を出し、4月のU17のデビュー戦では、11歳ながら240km/hを出すF4プロレーシングドライバーとして優勝。最年少F4ドライバーとして鈴鹿サーキットの走行も果たす。2018年からF3への挑戦が始まる。

    他にもフィギュアスケート界からは本田望結と本田紗来、水泳界からは競泳の瀬戸大也と飛び込み競技・元日本代表の馬淵優佳が夫婦そろってトーク番組初出演。ボクシング界からは、WBO世界スーパーフライ級王者・井上尚弥と弟の井上拓真、ボディビル界からは元世界ライト級チャンピオンの廣田俊彦と元アジアチャンピオンの廣田ゆみ夫妻が登場する。

    VTRでは、本田スケート4兄弟の強さの秘密が隠された「本田家専用トレーニングジム」などを紹介。また、スタジオでは、瀬戸の馬淵に対する10年越しのアプローチや、プロポーズ秘話、さらに井上兄弟の壮絶な兄弟ゲンカなどのエピソードが語られる。

    ■ジャンクSPORTS
    2月4日(日) 19:00~19:57

    ■出演者
    【MC】
    浜田雅功(ダウンタウン)

    【進行】
    永島優美(フジテレビアナウンサー)

    【ゲスト】
    井上拓真(プロボクサー)
    井上尚弥(プロボクサー)
    Juju(野田樹潤/プロレーシングドライバー)
    野田英樹(元F1ドライバー)
    瀬戸大也(水泳)
    馬淵優佳(飛び込み競技・元日本代表)
    廣田俊彦(ボディビル・元世界ライト級チャンピオン)
    廣田ゆみ(ボディビル・元アジアチャンピオン)
    本田望結(フィギュアスケート)
    本田紗来(フィギュアスケート)

  • 野田英樹の娘Juju 「日本人初の女性F1レーサーになりたい」

    野田英樹の娘Juju 「日本人初の女性F1レーサーになりたい」

    元F1ドライバーの野田英樹の娘でフォーミュラーカーレーサーのJuju(11歳)に後援会発足が発足。大阪市内で記念パーティーが開かれた。

    父親の影響で3歳の頃から子供用のレーシングカートのハンドルを握ったJujuこと野田樹潤は、各地のカートレースで優勝を重ね、5歳でプロになることを決意。現役を引退し、レーサーを要請するNODAレーシングアカデミーを設立した野田英樹の本格指導を受けた。

    後援会についてJujuは「本当にうれしいです。将来は日本人初の女性F1レーサーになって、F1で優勝したいです」とコメント。

    9歳の頃にはフォーミュラデビューに向けてトレーニングを開始。昨年7月にはミキハウスがプロ契約し、今年4月にはフォーミュラーU17開幕戦でF4レースデビューを飾り、F4のコースレコードを0・9秒上回る1分32秒8を記録して優勝した。

    コーチを務める野田英樹はJujuについて「ブレーキングで他よりも奥まで突っ込んでいける」「自分と比べてもすごいセンス。今年中にはF3のマシンに乗せたい」と述べた。

    後援会の最高顧問を務めるミキハウスの木村皓一社長は「命に関わるスポーツ。無事に練習が終わるように祈りながら大きな看板をつけさせてもらっている」と語った。

  • 野田英樹、レーシングアカデミーを開校

    野田英樹、レーシングアカデミーを開校

    元F1ドライバーで2010年のル・マン24時間を最後に現役を引退していた野田英樹が、「特定非営利活動法人青少年少女モータースポーツ振興会」を発足。栃木県茂木町の支援を受け、「NODA RACING ACADEMY(ノダ・レーシング・アカデミー)高等学院」を設立する。

    NODA RACING ACADEMY高等学院は、高等学校の勉強を行いながら、毎日一流プロドライバーになるためのカリキュラムをこなし、サーキットをほぼ毎日走行しながら、校内レースも開催。優秀な成績を収めた生徒にはプロデビューの道が約束される。また大学への道も選択できるようなカリキュラムが設定されている。

    講師には、校長の野田英樹をはじめ、インディカーなどで活躍するロジャー安川、SUPER GTに参戦する加藤寛規、チーム・ルマン代表の土沼広芳などが名を連ねている。

    「悲惨な震災、その後消息のめどが立たない原発事故。レース業界では大手メーカーの国際レースからの撤退や活動縮小。社会的な情勢も未だ不安定な状況が続いている現状、皆様にとっても辛い時期かと思われます」と野田英樹はコメント。

    「しかしだからこそ直のこと我々は一人ひとり前向きに前進する必要があると思います。モータースポーツは決してこのまま終わってしまうものではありません。夢を持って自分を信じ、頑張っている青少年少女が居ることを忘れないでください」

    関連:野田英樹、現役レーサーを引退 – 2010年6月13日

  • 野田英樹、現役レーサーを引退

    野田英樹、現役レーサーを引退

    野田英樹が、ル・マン24時間レースを総合26位で完走し、現役レーシングドライバーとしての活動に終止符を打った。

    野田英樹は、イギリスF3、国際F3000での活動を経て、1994年にラルースからF1に3レースにスポット参戦。その後はインディライツや、フォーミュラ・ニッポン、全日本GT選手権などに参戦していた。

    今週末行われたル・マン24時間にはクルーズ・シラー・モータースポーツからLMP2クラスに参戦。今回のレース挑戦を最後に29年間に渡る現役レーシングドライバーとしての活動に終止符を打つことを発表していた。

    野田英樹
    昨年、40歳という人生節目の年齢を迎えた自分は、世界3大レースのひとつ『ル・マン24時間耐久レース』への挑戦を最後に引退を考えていました。しかし、23時間15分を走りきった段階でのリタイアという人生最大の悔しさを味わい、あと1年頑張って再びこの世界最高峰の耐久レースに挑戦し、自分自身の情熱を燃やし尽くそうと考えるようになりました。

    世界的な不況にもかかわらず、今回の僕の挑戦を理解し、支えてくれた日本のスポンサーの方々や、野田英樹を走らせるために頑張ってくれたチーム関係者の皆さんに、心から感謝しています。そして、長年、僕を支えてくれているファンの皆さんや友人の方々、そして苦楽を共にして戦い、励まし、支えてくれている家族のおかげで、今回の最後の挑戦が実現できる幸せを、ひとりのレーシングドライバーとして噛みしめています。

    思えば13歳でレーシングカートを初めてから29年間、レースが好きで、心から好きで、この世界でずっと頑張ってきました。マシンを操縦する魅力は僕にとってかけがえのないものですし、自分自身の才能を発揮できるサーキットという場所を愛してきました。本音を言えば、ずっと乗り続けていたいし、まだまだ現役で走り続けられる自信はあります。自分自身のためだけに走るのであれば、あと10年、50歳まででも走り続けたい。でも、自分のことだけを考えて走り続けることに対して、なぜか疑問を感じ始めたのです。

    本当に多くの人々に応援してもらえたことで、本当に幸せなレーシングドライバー生活を送ってきた自分は、世界中のサーキットで、最も多くのカテゴリーで戦ってきた日本人ドライバーだという自負があります。世界で最も経験を積んだ日本人ドライバーとして、その経験を次世代に伝えることを、自分自身の次のチャレンジにするのも面白いなという気持ちが芽生えてきたのです。世界で勝てるドライバーを育て上げていきたい。それが次の野田英樹の挑戦です。1年や2年ではなく、5年や10年のスパンで考えているだけに、だからこそいま、自分は現役から身を引くべきだと決意しました。

    正直、現役に未練がないと言えば、嘘になります。衰えたと感じたこともありませんし、もっともっと頑張りたいという気持ちが半分あります。でも40歳で引退して、次の挑戦をスタートするという自分の気持ちを1年間伸ばしたから、今年のル・マン24時間耐久レースで全力を出し切って、どんな結果にせよ、レースが終わった瞬間から、第2の人生に向けて全力で走り始めます。次世代のトップドライバーを育成するために走り始めるのです。それが僕の愛した、そして僕を愛してくれたモータースポーツの世界への恩返しだと思っています。

    最後のレースとはいえ、もちろん表彰台を狙える体制は整っています。確かにワークス勢と比較すれば性能的なハンディは明らかですが、24時間耐久レースは、人生と同じです。一所懸命に頑張り続ければ、きっとチャンスがある。野田英樹のレース生活29年間の集大成となる、本年度のル・マン24時間耐久レース挑戦を、皆さん、ぜひ応援してください。
    (2010.6.3)