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  • 富士重工業、『SUBARU』への社名変更が正式決定

    富士重工業、『SUBARU』への社名変更が正式決定

    富士重工業は、第85期定時株主総会を開催し、同総会において第2号議案として付議していた「定款一部変更の件(商号の変更)」が承認されたことを発表。これにより、2017年4月1日をもって、社名が「株式会社SUBARU」(英文表記:SUBARU CORPORATION)に変更される。

    同社は、1917年に創設された飛行機研究所(後の中島飛行機株式会社)を源流とし、幾多の変遷を経て1953年に現在の富士重工業株式会社として設立された。その後、1958 年発売の軽自動車 スバル 360 に端を発するスバルブランドの自動車事業を中心に、航空宇宙、産業機器などの各事業を発展させてきた。

    創業 100 周年の節目に、社名とブランド名の統一を実施することにより、現在取り組んでいる“スバルブランドを磨く”ことをさらに加速させ、スバルを自動車と航空宇宙事業における魅力あるグローバルブランドとして成長させていく。

    プレスリリースで同社は「このたびの社名変更を契機として、従来にも増して、経営理念である“お客様第一”を基軸に『存在感と魅力ある企業』を目指すことに取り組み、長年培ってきた“安心と愉しさ”という固有の価値をお客様に提供し続けることで、さらなる持続的成長を目指してまいります」と述べた。

    SUBARU(スバル)の由来
    スバルは別名「六連星(むつらぼし)」とも呼ばれる星団の名前で、純粋な日本語。自動車の名前に和名を使ったのはスバルが最初となる。富士重工業が中島飛行機の流れをくむ 5 社の資本出資によって設立されたことに因んで名付けられた。

    富士重工業株式会社 設立までの変遷
    1917年 中島知久平、飛行機研究所を創設
    1918年 中島飛行機製作所と改称(1931 年に 中島飛行機株式会社 に改称)
    1945年 富士産業株式会社と改称、航空機製造から民需産業への転換図る
    1950年 富士産業?は企業再建整備法に基づき、富士工業?、富士自動車工業?、宇都宮車両?など 12 社に分割
    1953年 富士工業?など 5 社の資本出資により、富士重工業株式会社 設立(1955 年に 5 社を吸収合併)

  • 富士重工業、社名を『株式会社SUBARU』に変更

    富士重工業、社名を『株式会社SUBARU』に変更

    富士重工業株式会社は、2017年4月1日付(予定)で、社名を「株式会社SUBARU」(英文表記:SUBARU CORPORATION)に変更することを臨時取締役会で決議た。今年6月28日開催予定の定時株主総会で定款変更が承認されることを条件として、社名変更を実施する。

    同社は、1917年に創設された飛行機研究所(後の中島飛行機株式会社)を源流とし、幾多の変遷を経て1953年に現在の富士重工業株式会社として設立されました。

    その後、1958年発売の軽自動車「スバル 360」に端を発するスバルブランドの自動車事業を中心に、航空宇宙、産業機器などの各事業を発展させてきた。

    現在、スバルの自動車事業は世界 90 カ国以上に展開しており、2017 年 3 月期は初の年間販売台数 100 万台超え(連結販売台数 1,050 千台)を見込むなど、世界各国のお客様のご支持のもと、力強い成長を続ている。

    2014 年5月に発表した中期経営ビジョン「際立とう 2020」では、2020 年のありたい姿を「大きくはないが 強い特徴を持ち 質の高い企業」と定め、その実現に向けて“スバルブランドを磨く”と“強い事業構造を創る”ことに取り組んでいる。

    同社は「今回、創業 100 周年を機に、長年皆様に親しまれてきた社名を変えてブランド名と統一させる目的は、この“スバルブランドを磨く”取り組みをさらに加速させ、スバルを自動車と航空宇宙事業における魅力あるグローバルブランドとして成長させることにあります。引き続き、「株式会社SUBARU」においても、経営理念である「“お客様第一”を基軸に『存在感と魅力ある企業』を目指す」ことを堅持し、長年培ってきた「安心と愉しさ」という固有の価値をお客様に提供し続けることで、更なる持続的成長を目指してまいります」と述べた。

  • スバル、WRCから撤退

    スバル、WRCから撤退

    富士重工業は16日、2008年シーズンをもって、世界ラリー選手権(WRC)におけるワークス活動の終了を決定した。

    世界的な経済状況の悪化が、またしても日本の自動車メーカーのモータースポーツ活動に打撃を与えた。WRCで一時代を築いたスバルが今季限りでWRCでのワークス活動を周力することを発表していた。

    5日にはホンダがF1からの撤退を発表。15日には、スズキがわずか1年でWRCからの撤退を発表していた。

    スバルは、19年にわたりWRCに参戦。近年は低迷気味だったが、これまで3度のマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得し、3人のドライバーズチャンピオンを輩出していた。

    富士重工業社長の森郁夫は、「WRCで活躍する青いインプレッサは、ファンの皆様にとってスバルの象徴であり、この決断は本当につらいものでした。」とコメント。

    スバルの撤退により、WRCに参戦する日本メーカーは消滅した。

    富士重工業 世界ラリー選手権ワークス活動の終了について

    富士重工業は、本日、今シーズン2008年をもって、世界ラリー選手権(WRC)におけるワークス活動の終了を決定した。

    富士重工業は、水平対向エンジンとシンメトリカルAWD(All Wheel Drive)をコア技術として、いかなる環境においても安全、快適に走ることができるスバル車の認知向上と、量販車開発への先端技術・ノウハウのフィードバックを目的に、WRCのトップカテゴリーでの競技に19年に渡って英国のモータースポーツ専門会社プロドライブ社とともに、SWRT(Subaru World Rally Team)として参加してきた。

    スバルのWRCでの活動は、これまで3度のマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得、3人のドライバーズチャンピオンを輩出し、スバルのブランド価値を高め、世界でのスバルの拡販に貢献している。

    富士重工業は、WRC参戦の当初の目的を達成し、今後スバルのブランディングにWRCをどう位置づけていくか検討を進めていたところ、世界的な経済情勢の急激な悪化に見舞われ、同社の経営環境も大きく変化したことから、経営資源を効率的に活用し、スバルブランドを守り、より強めるために、WRCワークス活動を終了することを決めた。

    なお、スバルのラリーの取り組みについては、量産車カテゴリーであるGroup Nクラス、およびその車両を用いた世界選手権であるP−WRC活動に参加しているチーム、ドライバーへの車両供給や活動支援を続けていく。

    富士重工業社長の森郁夫は、「WRCで活躍する青いインプレッサは、ファンの皆様にとってスバルの象徴であり、この決断は本当につらいものでした。」と語り、「これまでの世界中のスバルファンの熱心な応援に心より感謝します。こうしたファンの方々こそが、スバルの貴重な財産です。」とコメントしている。

    富士重工業は、WRCでの挑戦や経験を糧として、これからも「お客様第一」を信念に、「快適・信頼の新しい走りと地球環境の融合」を実現したスバルならではの商品、サービス、カーライフをお客様にご提供することに務めていく。