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  • ニコ・ロズベルグとケケ・ロズベルグ、モナコで親子F1デモ走行

    ニコ・ロズベルグとケケ・ロズベルグ、モナコで親子F1デモ走行

    ニコ・ロズベルグとケケ・ロズベルグは、5月24日(木)にモンテカルロ市街地コースでそれぞれがタイトルを獲得したF1マシンでデモ走行を実施した。

    F1モナコGPのフリー走行後、ケケ・ロズベルグは1982年のタイトル獲得マシン『ウィリアムズ W08』、ニコ・ロズベルグは2016年のタイトル獲得マシン『メルセデス W07』でデモ走行を実施。ケケ・ロズベルグは当時と同じデザンのレーシングシーツに身を包んだ。

    2周の走行でケケ・ロズベルグはニコ・ロズベルグとポジションを入れ替えて走行。ニコ・ロズベルグはトンネル出口でフロントタイヤをロックさせる場面もあった。

    F1で親子でチャンピオンを獲得したのは、ロズベルグ親子以外では、グラハム・ヒルとデイモン・ヒルの親子だけ。グラハム・ヒルは1975年に他界しており、存命している親子F1チャンピオンはロズベルグ親子だけとなっている。

    ケケ・ロズベルグは、息子のニコ・ロズベルグが2006年にF1デビューを果たして、10年後にワールドチャンピオンを獲得するまであまりパドックに姿を見せることはなかった。

    父親をデモ走行に参加させるのは大変だったかと質問されたニコ・ロズベルグは「もちろんさ。彼はF1のプレスの世界を避けることを選んでいたからね。ここに来て、クルマをドライブすれば、それは避けられないからね」とコメント。

    「だから、簡単なことではなかった。とても戦略的に取り組まなければならなかったよ。でも、今、彼は本当に嬉しそうなんだ。彼は本当に楽しんでいたし、見ていてクールだった。本当の嬉しかったよ」

    ニコ・ロズベルグは、ケケ・ロズベルグが2周目にコーナースピードを上げていったことを心配していたと語る。

    「最後のラップで彼がコーナーでかなりプッシュし始めたのでちょっと心配になったよ。『父さん、頼むから気楽にいってくれ。とにかく、最後まで無事に終える必要がある』ってね」とニコ・ロズベルグは語った。

    ニコ・ロズベルグとケケ・ロズベルグがモナコで親子F1デモ走行ニコ・ロズベルグとケケ・ロズベルグ

  • アイルトン・セナが最後にモナコを制したMP4/8Aがオークションに出品

    アイルトン・セナが最後にモナコを制したMP4/8Aがオークションに出品

    アイルトン・セナが1993年に最後にF1モナコGPを制したF1マシン『マクラーレン MP4/8A』が今年5月に開催されるボナムズのオークションに出品されることが明らかになった。

    アイルトン・セナは、オークションに出品されるマクラーレン MP4/8Aのシャシーナンバー6でF1モナコGPの最多勝利記録となる6勝目を達成。その記録は25年経った今もまだ破られていない。

    第5戦で投入されたシャシーナンバー6は、その後7戦でアイルトン・セナがドライブ。最終的にセナはアラン・プロストに次ぐ、ランキング2位でシーズンを終えた。

    アイルトン・セナは、F1イタリアGPでデイモン・ヒル、そして、マーティン・ブランドと接触してリタイア。その後、シャシーナンバー6は日本とオーストラリアの2戦ではスペアカーとして使用された。

    ボナムズによると、フォード製エンジンを搭載したMP4/8Aは“驚くほど保存状態がよく”“正常に動作する”という。

    ボナムズは、このMP4/8Aの正確な見積もりは出していないが、5月11日にモナコで開催するオークションに出品された際には7桁ドルの高値がつくと予想している。

    昨年11月にはミハエル・シューマッハが最後にF1モナコGPを制したフェラーリの2001年F1マシン『F2001』がニューヨークで実施されたオークションで750万4000ドル(約8億4000万円)で落札され、これまでオークションに出品されたなかで最も価値の高い近代F1マシンとなっている。

    ボナムズのモータースポーツ部門のグローバル責任者を務めるマーク・オズボーンは「アイルトン・セナは、現代で最もカリスマ的なF1ドライバーであり、MP4/8Aは、彼のチームであるマクラーレンがF1世界選手権の歴史で最も成功したチームであるフェラーリを上回ったマシンだ」とコメント。

    「特にこのナンバー6は、モナコマイスターとしてのセナの伝説を築いたシャシーだ。我々はボナムズは、当時の最も重要なグランプリカーの1台を提示できることを誇りに思うとともに興奮している」

  • 【動画】 F1モナコGP:コーナー名の由来 / モンテカルロ市街地コース

    【動画】 F1モナコGP:コーナー名の由来 / モンテカルロ市街地コース

    F1モナコGPが開催されるモンテカルロ市街地コースのコーナー名に関する動画をF1公式サイトが公開した。

    世界三大レースのひとつであるF1モナコGPは、数々の伝説的なレースを残してきた。2車線道路を使用したコースは、幅が非常に狭く、直線はほとんどない。ランオフエリアはほぼ無く、わずかなミスでもリタイアに繋がりやすい。

    そんなモンテカルロ市街地コースには、その伝説を刻んだ有名コーナーが存在する。

    サン・デボーテ (Sainte Dévote)
    ターン1のサンテ・デヴォーテは、4世紀の殉教者でモナコの守護聖人にちなんで命名された。この聖人を称えて建設された小さいチャペルがスタンドの背後にある。

    ボー・リバージュ (Beau Rivage)
    「美しい海を望む」の意味。斜度8.1度の急勾配で、左右に緩くカーブしている。

    マスネ (Massenet)
    フランス人オペラ作曲家ジュール・マスネにちなんで命名されたこのコーナーは彼の胸像が見下ろしている。

    カジノ・スクエア (Casino Square)
    有名なカジノ・ド・モンテカルロにちなんで命名された。

    ミラボー (Mirabeau)
    近くにあるかつてのオテル・ミラボーのおかげでそう呼ばれている。

    ヘアピン (Hairpin)
    F1カレンダーで最も遅いコーナーは時速30マイル(48km)で走る。かつては地下に鉄道駅があったことから「ステーション・ヘアピン」と呼ばれた。駅舎の移転後は、向かいにあるホテルの名称で呼ばれている。ホテルの改名に伴い「ロウズ・ヘアピン」「グランドホテル・ヘアピン」「フェアモント・ヘアピン」と変わって来ているが、今でも「ロウズ・ヘアピン」と呼ぶ人が多い。

    ポルティエ (Portier)
    このコーナーに近いモナコの沿岸地区は、ル・ポルティエとして知られている。「ポルティエ」とは港の意味。アイルトン・セナがここでクラッシュして、チームメイトのアラン・プロストが優勝したのは有名なレース。

    トンネル (Le Tunnel)
    F1の開催されるサーキットの中で唯一のトンネル。

    ヌーベル・シケイン (Nouvelle Chicane)
    かつてはシケイン・デュ・ポーと呼ばれていたが、1986年にシケインが設計しなおされ、ヌーベル(新しい)シケインと命名された。

    タバコ (Tabac)
    この左回りのコーナーの外側に小さなタバコ屋があったため命名された。

    プール (Piscine)
    スイミングプールを囲むふたつのシケインから構成されている。最初のシケインは、モナコ出身の3人のドライバーのひとり、ルイ・シロン (Louis Chiron) と呼ばれる。

    ラスカス (La Rascasse)
    コーナーの内側にあるレストランが由来。

    アントニー・ノーズ (Anthony Noghès)
    名称はモナコGP開催実現に尽力したモナコ自動車協会の「アントニー・ノゲ (Anthony Noghès) 」の名を英語読みしたもの。