タグ: スーパーバイク世界選手権

  • ルイス・ハミルトン、メルセデスに無断でスーパーバイクをテスト

    ルイス・ハミルトン、メルセデスに無断でスーパーバイクをテスト

    メルセデスのF1チーム代表を務めるトト・ヴォルフは、ルイス・ハミルトンがスーパーバイクのテストを実施していることを知って驚いたと明かした。

    ルイス・ハミルトンは12月1日に世界スーパーバイク選手権に参戦するヤマハのワークスチームであるPata Yamaha Official WorldSBK Teamと英国のトラック会社であるNo Limitsが企画したヘレスでのプライベートテストで、自身のカーナンバー“44”をつけたオールブラックのヤマハYZF-R1で走行。

    テストを終えたルイス・ハミルトンは、ターン5で転倒してバイクは小さなダメージを負ったが幸いにも怪我はなく、四輪よりも二輪を愛していると語っていた。

    しかし、このルイス・ハミルトンのテストはメルセデスに無断で行われ、トト・ヴォルフはニュースでそのことを知ったと明かした。

    「ニュースが広まったときに彼に電話をしようとしたが無駄だった」とトト・ヴォルフは La Gazzetta Dello Sport にコメント。

    「なので、私は彼と一緒にいた3人のエンジニアの一人に電話をして『今どこにいる?』と聞いた。彼は『ええと、私たちはトラックにいます』と答えた。『3人でバイクで走っているのか?』と聞くと『そうです。でも・・・もう終わりました』と言われたよ」

    テストでは、スーパーバイク世界選手権に参戦しているアレックス・ロウズとマイケル・ファン・デル・マークがインストラクウターとして参加していたが、ファン・デル・マークは、ルイス・ハミルトンの走行がいささか無謀であったことを明かしている。

    それでも、トト・ヴォルフは「我々全員が大笑いしていたよ」と冗談を交えて続けた。

    「だが、クリスマスに彼にバイクをプレゼントするつもりはないのは明らかだ!」

  • ルイス・ハミルトン、スーパーバイクのテスト走行で転倒も怪我はなし

    ルイス・ハミルトン、スーパーバイクのテスト走行で転倒も怪我はなし

    2018年のF1チャンピオンであるルイス・ハミルトンが、12月1日(土)にヘレス・サーキットで行ったスーパーバイクのテスト走行中に転倒したが、怪我はなかったと報じられている。

    ルイス・ハミルトンは、世界スーパーバイク選手権に参戦するヤマハのワークスチームであるPata Yamaha Official WorldSBK Teamと英国のトラック会社であるNo Limitsが企画したプライベートテストで、自身のカーナンバー“44”をつけたオールブラックのヤマハYZF-R1で走行。

    La Gazzetta dello Sport によると、ルイス・ハミルトンは、ターン5で転倒してバイクは小さなダメージを負ったが、ハミルトンに怪我はなく、すぐに走行を再開したと報じられている。

    以前、ルイス・ハミルトンは、自分がMotoGPのファンであることを明らかにしており、昨年、オートバイブランドのMVオーガスタのアンバサダーに就任。コラボレーションモデル『F4 LH44』が世界限定44台で発売されている。

    また、今年の初めには、MotoGPライダーであるカル・クラッチローと共に、米国カリフォルニア州で開催されたモンスター・エナジーのスポンサーイベントでスーパーバイクを走らせている。

    Lewis Hamilton Superbike

  • 故ニッキー・ヘイデン、一周忌

    故ニッキー・ヘイデン、一周忌

    2017年5月22日。レジェンド、2006年のMotoGP王者のニッキー・ヘイデンは、当時参戦していた17年スーパーバイク世界選手権の第5戦イタリア・イモラ大会終了後、イタリアに滞在して、自転車トレーニング中に自動車事故に遭い、入院先の病院で死亡。

    今日、一周忌を迎え、同世界選手権やMotoGP世界選手権のパドックをはじめ、世界中のファンから誰からも愛されたヘイデンを偲ぶメッセージが送られた。

    サーキット・オブ・ジ・アメリカズは、第3戦アメリカズGPの開催前に、愛用していたゼッケン番号『69』のデザインを18コーナー横の丘に描き、『Hayden Hill(ヘイデン・ヒル)』と命名。

    イモラ・サーキットこと、アウトドローモ・インテルナツィオナーレ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリは、スーパーバイク世界選手権の際に、イタリア人カメラマン、ミルコ・ラッザリ主宰の写真展『Million Dollar Smile(ミリオンダラースマイル)』を開催。

    ニッキー・ヘイデンの家族は、6月8日に故郷のケンタッキー州オーエンズボロ市のコンベンションセンター正面に彫刻を設置する除幕式を行い、市長が6月9日を『Nicky Hayden Day(ニッキー・ヘイデンの日)』に設定することを宣言。

    また、ミサノ自治体は、元ヘイデンのメカニックを担当したデニス・パッツァリーニを中心とした友人たちの提案を承認して、記念公園『Giardino Nicky Hayden(ニッキー・ヘイデン・ガーデン)』を、ミサノ・ワールド・サーキット‐マルコ・シモンチェリ付近に建設。近々に完成する。

    2006年にMotoGPチャンピオン獲得。レジェンドライダーとして殿堂入り

    アメリカ・ケンタッキー州のオーエンズボロ出身のニッキー・ヘイデンは、1999年にAMA全米スーパースポーツ選手権でタイトルを獲得。2002年には、AMA全米スーパーバイク選手権で史上最年少のチャンピオンに輝き、2003年からホンダのファクトリーチーム、レプソル・ホンダ・チームからMotoGPクラスへの参戦を開始。1年目総合5位、2年目総合8位、3年目の第8戦アメリカGPで初優勝を挙げて総合3位に進出。4年目の2006年には第8戦ダッチTTと第11戦アメリカGPの優勝を含む10度の表彰台を獲得し、最終戦バレンシアGPでチャンピオンに輝く。

    2009年、6年間所属したレプソル・ホンダからドゥカティのファクトリーチーム、マールボロ・ドゥカティ・チームに移籍。2014年からは、アスパル・チームから参戦。2015年11月、通算216戦目となった最終戦バレンシアGPで、キャリアの功績が評価され、レジェンドライダーとして殿堂入り。

    2016年、スーパーバイク世界選手権に転向。ホンダ・ワールド・スパーバイク・チームから参戦すると、第6戦マレーシア大会の第2レースで優勝を挙げ、2つの世界選手権で勝利を挙げる快挙を達成。同年には、MotoGPクラスの第14戦アラゴンGPと第16戦オーストラリアGPに負傷代役として参戦。

    2017年は、スーパーバイク世界選手権に継続参戦していた。

    『Kentucky Kid(ケンタッキー・キッド)』は、MotoGP世界選手権とスーパーバイク世界選手権に参戦中、サーキット内外で親しまれ、正真正銘のレジェンドとして、ライバルたちをはじめ、関係者、世界中のファンから尊敬されていた。