タグ: ジャン・アレジ

  • ジャン・アレジ、F1日本GPでのデモ走行をキャンセル

    ジャン・アレジ、F1日本GPでのデモ走行をキャンセル

    鈴鹿サーキットは、F1日本GPの決勝日(10月7日)に行われる往年のF1マシンによるデモ走行の内容を改訂。発表されていたジャン・アレジが参加できなくなったことを発表した。

    当初、フェラーリF2003(2003)をジャン・アレジ、ロータス101・ジャッド(1989)を中嶋悟、ラルースLC90・ランボルギーニ(1990)を鈴木亜久里が走らせると発表されていた。

    しかし、鈴鹿サーキットはリリースを改訂。フェラーリをドライブする予定のアレジが、都合によりデモラン参加をキャンセルすることになったと明らかにした。

    フェラーリF2003とHonda RA272を走らせるドライバーについては、決定次第、発表される。

    関連:F1日本GP、J.アレジ&中嶋悟&鈴木亜久里が往年のマシンでデモ走行

  • ジャン・エリック・ベルニュ、ジャン・アレジのヘルメットデザインで戦う

    ジャン・エリック・ベルニュ、ジャン・アレジのヘルメットデザインで戦う

    ジャン・エリック・ベルニュは、今週末のF1モナコGPをジャン・アレジのヘルメットデザインで戦う。

    ジャン・アレジは、今週末のインディ500に初参戦。同じフランス人であるジャン・エリック・ベルニュは、ヘルメットにジャン・アレジへの敬意を示した。

    側面には“Alesi Jean Indy 500 2012”の文字が入れられている。

    当初はインディアナポリスでジャン・アレジのチャレンジを観戦する予定していたというジャン・エリック・ベルニュは「でも、そのあと僕がトロ・ロッソで走るというニュースが届き、もちろん、それはモナコと日程がぶつかることを意味した」と述べた。

    ジャン・エリック・ベルニュ F1モナコGP ヘルメット

    画像 画像 画像 画像 画像 ジャン・エリック・ベルニュとジャン・アレジ

  • ジャン・アレジ、インディ500の予選は最下位33番手

    ジャン・アレジ、インディ500の予選は最下位33番手

    ジャン・アレジは、インディ500を最後尾33番グリッドからスタートすることになった。

    20日、インディ500の25番手から33番手まで決定する予選バンプデーが行われた。

    インディカー初参戦で注目を集めたジャン・アレジだったが、性能面で劣るロータスエンジンでい210.094マイルというスピードしか出せず、最後尾の33番グリッドからスタートすることになった。

    ジャン・アレジ
    「予選を通過し、インディ500に出場できることになって嬉しく思う。今、本当にほっとしている。インディ500への挑戦は、自分にとって素晴らしい経験となっている。47歳だが、この1週間でF1で過ごした期間以上のことを学んだ。もっと速く走れると思っていたが、プラクティスで到達したスピードが現時点では限界だと思う。レースでは、僕たちの置かれた状況で得られるベストの結果を出したい。もちろん、もっと競争力のある体制で戦いたい。来年はそうしたいね」

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  • 佐藤琢磨とジャン・アレジ、鈴鹿サーキット50周年ファン感謝デーに来場

    佐藤琢磨とジャン・アレジ、鈴鹿サーキット50周年ファン感謝デーに来場

    佐藤琢磨とジャン・アレジが、3月3日(土)・4日(日)に鈴鹿サーキットで開催される「鈴鹿サーキット50周年ファン感謝デー」に来場することが決定した。

    ジャン・アレジは、1990年代のF1を沸かせたF1ドライバー。元女優の後藤久美子との間に3人の子供をもうけており、日本を第二の故郷だと述べている。

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍が決定し、インディカーで3年目を迎える佐藤琢磨は、今年フォーミュラ・ニッポンへの参戦することを発表している。

    ジャン・アレジ
    皆様へ
    私のキャリアの中で、鈴鹿に来ることは、温かいホームパーティーに行くのと同じような感覚でした。いつも熱烈な歓迎を受け、サポートしてくれる雰囲気を楽しんでおりました。技術的に言えば、鈴鹿サーキットはドライバーの腕と、マシンを試すのに重要な場所でした。そして、幾度もチャンピオンシップ争いの明暗を分ける場でもあり
    ました。

    鈴鹿は二つの理由で私を象徴する場でもあります。

    ・ 鈴鹿に来ることは、私の第二の故郷に来ることを意味しています。
    ・ 鈴鹿は、自分のF1ドライバーとして最後のレースを走った場所です。私は、レース後に鈴鹿のファンの皆様が温かく接してくれたことを一生忘れません。私の人生で、とても感動的な瞬間の一つでした。

    様々な理由から、鈴鹿サーキットの50周年を心よりお祝い申し上げます。50周年はとても大きな節目だと思いますが、これからも続く長い歴史の一部だと思っております。おめでとうございます。

  • ジャン・アレジ、2012年のインディ500への参戦を発表

    ジャン・アレジ、2012年のインディ500への参戦を発表

    グループ・ロータスは、同社のブランドアンバサダーを務めるジャン・アレジが、2012年のインディ500にロータスとともに参戦することを発表した。

    1989年から2001年まで12年間F1に参戦していたジャン・アレジは、その後DTMに戦いの場を移し、昨年はル・マン・シリーズに参戦していた。

    ジャン・アレジは、2011年にアンバサダーとしてグループ・ロータスに加わり、サーキット専用マシン「T125」の開発コンサルタントを務めている。

    ジャン・アレジにオーバルレースの経験はなく、インディ500はアレジにとって完全に新しいチャレンジとなる。現時点ではまだどのチームから参戦するかは明らかになっていない。

    ジャン・アレジ
    「ロータスがこのような世界的に有名なレースに参戦するチャンスを与えてくれたことに感激している。僕にとって非常に特別な経験になりそうだけど、多くの激務が待ち受けていることも理解している。立ちはだかる仕事に集中している。非常に真剣にトレーニングしているし、“カムバック”の分野の専門家の素晴らしいサポートを受けている。もちろん大きな試練になるだろう。レースに本当に興奮している」

  • ジャン・アレジ、ロータス・モータースポーツとアンバサダー契約

    ジャン・アレジ、ロータス・モータースポーツとアンバサダー契約

    ジャン・アレジは、イクオス・タイプ125プログラムのアンバサダーとしてロータス・モータースポーツと契約した。

    ロータス125は、F1マシンからインスパイアされたサーキット専用マシンで、640bhpを発生するコスワース製3.5リッターV8エンジンと6速セミオートマチックトランスミッションが搭載される。F1マシンとは異なり、エンジンの始動にメカニックは不要。スタートボタンを押すだけで走ることができる。

    元F1ドライバーのジャン・アレジは、フェラーリやベネトン、ザウバー、プロスト、ジョーダンといったチームで202戦に出走し、241ポイントを獲得。グループ・ロータスのダニー・バハールCEOをはじめとする元フェラーリの人間とはなじみも深い。

    ジャン・アレジ
    「ロータスとパートナーを組めることを嬉しく思っている。私は、この素晴らしい英国ブランドに多くの愛着を持っており、彼らが今後レーストラック内外で素晴らしい成果を成し遂げると確信している。特に私はレースアクションに近い人々がもたらすことに強い関心を持っており、タイプ125はまさにそれにあたる。究極のレース経験だ。ヴァレルンガとアブダビでのテストを本当に楽しみにしている」

    ロータス タイプ125

    ロータス タイプ125 Lotus Type125

  • ジャン・アレジ、フェラーリの主張を支持

    ジャン・アレジ、フェラーリの主張を支持

    元フェラーリドライバーのジャン・アレジは、スタンダードエンジンを導入するならF1を撤退するいうフェラーリの姿勢を支持した。

    1991年〜1995年にフェラーリでF1を戦ったジャン・アレジは、2010年からのFIAのエンジン計画が「不条理だ」と語った。

    「フェラーリと全く同じ考えだ」とアレジは語る。

    「スタンダードエンジンでは、真のコンストラクターズチャンピオンシップを争うというのは、不条理な考えだ。」

    アレジは、1950年の現代F1の初めから参戦してきたフェラーリにはF1を撤退する権利があると弁護する。

    「フェラーリはF1のフラッグシップだ。これを提案した人は、フェラーリとF1に何が良いかを考えてはいない。」

    「スタンダードエンジンによって、フェラーリが出て行くのは正当なことだ」

    アレジは、世界的な財政危機さえ、その提案を正当化する理由にはならないと語る。

    「全く無関係だ。しかし、むしろ、非常に深く、非常に複雑な政治問題だ。それについてはこれ以上言いたくはないけどね。」

    「全ての自動車メーカーにも当てはまることだ。事実上、BMWやトヨタ、メルセデスのエンジニア達をクビにして、スーパーマーケットからエンジンを買えと言っているんだからね。」

    アレジは、提案を「引っ込める」だけでなく、作り出した人は公的に「謝罪しなければならない」と語った。