タグ: ジェームス・ハント

  • ジェームス・ハントの息子フレディ「今も父の声を聞くため昔のF1を見る」

    ジェームス・ハントの息子フレディ「今も父の声を聞くため昔のF1を見る」

    フレディ・ハントが、父ジェームス・ハントの死が今も自分に与えている影響を明かした。1976年F1ワールドチャンピオンであるジェームス・ハントは、現役引退後にBBCでマレー・ウォーカーとともに解説者として活躍したが、45歳で心臓発作により亡くなった。

    2026年は、ジェームス・ハントがマクラーレンでニキ・ラウダとの激しいタイトル争いを制し、1976年F1ワールドチャンピオンに輝いてから50年の節目にあたる。

    その節目を前に、息子のフレディ・ハントは、父の声を聞くために今も古いF1中継を見ることがあると語った。

    「父の声はいまも覚えている」
    フレディ・ハントは英テレグラフ紙のインタビューで、父が解説を務めた昔のグランプリ映像を見返すことがあると明かした。

    「父の声はいまも覚えている」

    「ときどき、父が解説している昔のグランプリを見る。父の声を聞くためだけに」

    フレディ・ハントは、父について語るときの感情はその時々で変わるとも語った。

    「自分がどんな気分でいるかによる。父のことを話すと、赤ん坊みたいに泣いてしまって、本当に感情的になることもある。そうならないときもある」

    ジェームス・ハント

    偉大な姓の重圧とモータースポーツへの復帰
    フレディ・ハント自身も2007年にシングルシーターでモータースポーツのキャリアを歩み始め、イギリスのフォーミュラ・フォードやドイツのADACフォーミュラ・マスターズに参戦した。その後はワンメイクレースやツーリングカーにも出場した。

    しかし、ジェームス・ハントという有名な姓がもたらす重圧もあり、フレディ・ハントは一時レース活動から離れた。のちに耐久レースやヒストリックモータースポーツで競技に復帰し、近年はミシュラン・ル・マン・カップに参戦するなど、ル・マン24時間レース出場を目標にスポーツカーでの活動を進めている。

    現代F1に対する父の反応を想像
    フレディ・ハントは同じインタビューで、現在のF1の方向性について、父ならどう考えたかも問われた。

    「AIに動かされている」

    「このバッテリーパワーだけでも十分ひどい。父なら『これはくだらない』と言って、別の仕事を探したと思う」

    ジェームス・ハントは、1976年のタイトル獲得だけでなく、引退後の率直な解説でもF1ファンの記憶に残る存在となった。フレディ・ハントが昔の中継を見返す理由は、単なる懐古ではなく、失われた父の声ともう一度つながるための時間でもある。

  • 【動画】 マクラーレン、ジェームス・ハント主役の『TOONED』特別版

    【動画】 マクラーレン、ジェームス・ハント主役の『TOONED』特別版

    マクラーレンは、チームを題材にしたCGアニメ『TOONED』の特別版を公開した。

    今作は、1976年にジェームス・ハントがワールドチャンピオンを獲得してから40年を記念して製作された。

    舞台は2016年のモナコ。ジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソが、1976年モナコGPのジェームス・ハントの秘密を語る。そして、二人も・・・。

    ジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソは本人が声優を務めている。

    TOONED Special Edition: #Hunt40

  • ジェームス・ハントの息子、フォーミュラEのアンバサダーに就任

    ジェームス・ハントの息子、フォーミュラEのアンバサダーに就任

    ジェームス・ハントの息子フレディ・ハントが、フォーミュラEのアンバサダーに就任した。

    1976年のF1チャンピオンであるジェームス・ハントを父に持つフレディ・ハント(27歳)は、英フォーミュラ・フォードやADACフォーミュラ・マスターズに参戦した経験を持つが、ここ数年間はビジネスの分野に注力。先月、キャッスル・クームFF1600でレースに復帰していた。

    フレディ・ハントは、フォーミュラEのオフィシャルスポークスマンとして活動するほか、プロモーションイベントでフォーミュラEカーをドライブすることになる。

    「フォーミュラEにこのチャンスを与えてもらったこと、そしてサスティバブル・モビリティやクリーンエネルギーの重要性を強調することはもちろんのこと、チャンピオンシップを人々にもっと知ってもらうことを助けることは本当に名誉なことだ」とフレディ・ハントはコメント。

    「環境について長年訴えてきたけれど、フォーミュラEが成し遂げようとしていることは本当に素晴らしいことだし、その一翼を担ってマシンをテストできるのを楽しみにしているよ」とフレディは語っている。

    フレディ・ハントは、今年後半にMRFチェレンジに参戦予定。その際のチームメイトは、ニキ・ラウダの息子であるマティアス・ラウダとなる見込みとなっている。

  • ニキ・ラウダが来日、映画『ラッシュ プライドと友情』を語る

    ニキ・ラウダが来日、映画『ラッシュ プライドと友情』を語る

    映画『ラッシュ プライドと友情』の主人公であり、1976年のF1グランプリにおいて瀕死の重傷を負い、再起不能と言われながらも復帰、ジェームス・ハントと優勝争いを演じたニキ・ラウダが、鈴鹿サーキットで開催中のF1日本GPに伴い来日、記者会見を行った。

    ニキ・ラウダは、自身がモデルとなった本作についての感想や、ジェームス・ハントとの思い出、舞台となった1976年当時のF1グランプリに関するエピソードなどを語った。

    映画を観た感想をきかせてください。
    ロンドン、トロント、オーストリアなどで、何度もこの映画を観ました。一人の観客として映画を観て、初めて(76年のシーズン中)ニュルブルクリンクで自分が体験した大事故を、客観的に観ることができました。映画としてもとても面白い作品で、ずば抜けた完成度だと思っています。レースシーンの迫力はもちろん、私とジェームス・ハントという二人のレーサーの関係や葛藤が、観る人の心に響く作品です。

    ジェームス・ハントとの思い出についてお聞かせください。
    今日、ここにジェームス・ハントが一緒にいないことが、悲しいです。本当は二人で、この素晴らしい映画を、ビールでも飲みながら観たかったですね。私たちはレーサーで、ライバルだったけれど、お互いをリスペクトしていました。

    あなたとジェームス・ハントの物語が映画になると聞いたのはいつごろですか?
    本作の脚本を担当したピーター・モーガンから二年前に話を聞いて、色々当時のことを質問されて答えていました。その後、監督のロン・ハワードも私の住むウィーンまで来てくれて、話をしました。『アポロ13』などで有名なオスカー受賞監督が映画にすると聞いて感激しましたね。その後、「君を演じる俳優が見つかったよ!」という連絡があり、ダニエル・ブリュールと会う機会を持つこともできました。ダニエルとは、一緒にブラジルGP を観に行ったり、撮影中も何度も電話をくれたりしましたよ。

    この映画で一番好きなシーンはどこですか?
    ニュルブルクリンクで大事故を起こした後、入院しているところですね。あのシーンでは、(瀕死の重傷から)まさに自分が、生きるために戦っているところ、妻や周りの人間が、あの時の私をどう見ていたのか知ることができましたからね。・・・その後レースに復帰して、記者会見を行ったのですが、人々は私をショッキングな目で見ていました。インタビュー中も、私の目を見てくれないんです。顔のやけどにばかり目が行っていました。

    劇中、ジェームス・ハントは相当なプレイボーイとして描かれていますが、実際にそうだったんでしょうか?
    あんなもんじゃないですよ!もっと凄かった(笑)。F1レーサーは、毎週末命をかけて戦うから、遊びも無茶苦茶になるんです。普通のレーサーが日曜から水曜を楽しんで過ごすところを、ハントは毎日遊んでいましたからね(笑)

    ラッシュ プライドと友情
    ■2014 年2 月 TOHO シネマズ 日劇ほか全国ロードショー ■配給:ギャガ
    ■(C)2013 RUSH FILMS LIMITED/EGOLITOSSELL FILM AND ACTION IMAGE.ALL RIGHTS RESERVED.

  • ジェームス・ハントのマクラーレン MP26がオークションに出品

    ジェームス・ハントのマクラーレン MP26がオークションに出品

    ジェームス・ハントのマクラーレン M26がオークションに出品されることになった。

    RK Motors Collector Car Auctions (RKMCCA)は、シャーロット・コンベンション・センターで10月31日〜11月3日にコレクターカーのオークションを開催。

    11月2日にはアメリカとアラブ首長国連邦をリアルタイムで繋ぐ4時間のオークションイベントを開催する。

    イベントは、F1アブダビGP前日の夕方に7つ星ホテルのエミレーツ・パレスホテルで開催される。

    オークションには、ジェームス・ハントが最後にF1勝利を飾ったマクラーレン M26が目玉として出品され、他にも40台のレーシングカーやクラシックコレクターカーが出品される予定となっている。

    関連:F1映画「RUSH」 2014年2月に全国ロードショーが決定

  • キミ・ライコネン、ジェームス・ハントへのトリビュートに許可

    キミ・ライコネン、ジェームス・ハントへのトリビュートに許可

    キミ・ライコネンがF1モナコGPに持ち込んだヘルメットについての論争は終止符を打ったようだ。

    一部報道では、キミ・ライコネンがヘルメットに描いているジェームス・ハントへのトリビュートが映画「Rush」の広告になる可能性があるとして、テープで消すことを要請されたと報じていた。

    だが、土曜日に行われた予選にキミ・ライコネンはそのままのヘルメットで出走した。

    Reuters は、削除を要請していたFOMに、状況を知らなかったバーニー・エクレストンが直接介入し、問題を解決したと報道。

    キミ・ライコネンは「FOMかバーニーに聞いてよ」とコメント。

    「その話は知らないし、彼らに問い合わせる気もないね」

  • キミ・ライコネン、ジェームス・ハント仕様のヘルメットを用意

    キミ・ライコネン、ジェームス・ハント仕様のヘルメットを用意

    キミ・ライコネンは、F1モナコGにジェームス・ハントのヘルメットデザインを施した特別ヘルメットを用意した。

    1976年にF1ワールドチャンピオンを獲得したジェームス・ハントは、自由奔放でプレイボーイとして知られたドライバー。

    F1モナコGPのフリー走行1回目で、キミ・ライコネンは、ブラックにジェームス・ハントのロゴがサイドに大きく入ったヘルメットで走行した。

    キミ・ライコネンとジェームス・ハントと言えば、2007年にライコネンがゴリラの着ぐるみを着て「ジェームス・ハント」の名前でパワーボートレースに参加したことが有名な話だ。

    キミ・ライコネンは、このヘルメットについて「特に理由はないよ。当時のレースが好きなんだ。それに素晴らしいデザインだよね。それ以上の理由はないよ!」と述べた。

    キミ・ライコネン F1モナコGP ヘルメット

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  • ニキ・ラウダの映画「Rush」、権利を巡って訴訟問題に?

    ニキ・ラウダの映画「Rush」、権利を巡って訴訟問題に?

    ニキ・ラウダのキャリアを題材にした映画「Rush」が暗礁に乗り上げていると報じられている。

    ニキ・ラウダとジェームス・ハントによる1976年の伝説的バトルを描いた映画「Rush」のプロジェクトは、ロン・ハワード監督と脚本家ピーター・モーガンによって進展した状態にあった。

    だが、ここへ来てオーストリアの別の映画会社がニキ・ラウダのキャリアを映画化する権利を持っていると主張し始めたと Kronen Zeitung と APA が報じている。

    もうひとつのプロジェクトは、“33 Days: To Hell And Back”というタイトルで進められており、代表者ハンネス・シャラーは「彼(ラウダ)は喜んで我々に権利を約束した」と主張。

    「それなのに今はすべてを否定している」

    このグループはすでに仮差し止めを請求しており、ニキ・ラウダ自身も「彼らがそう主張ているなら、私は彼らの幸運を願うしかない」とコメント。

    「どのような結末を迎えるか見守る」

    ニキ・ラウダは、1976年のF1ドイツGPでのクラッシュでマシンが炎上して瀕死の重傷を負ったが、わずか6週間後にレース復帰し、ジェイムス・ハントとタイトルを争った。