タグ: アストンマーチン

  • ダイムラー、アストンマーチンと技術・資本提携

    ダイムラー、アストンマーチンと技術・資本提携

    ダイムラーは、アストンマーチンと技術提携を結ぶと発表した。

    今回の技術提携では、メルセデスベンツの高性能車部門であるメルセデスAMGが、アストンマーチンのためにV8エンジンを含めたパワートレインやコンポーネントを開発。これらをアストンマーチンの次世代車に採用していく。

    また、ダイムラーはアストンマーチンの最大5%の株式を取得する。

    アストンマーチンの商品開発総責任者のイアン・ミナーズは「我々はAMGをこのパワートレイン開発プロセスの基礎として選びましあ。メルセデスAMGの最新技術が、アストンマーチンの次世代スポーツカーに搭載されるのは良い知らせです」と述べた。

    最終的な合意は今年の下半期に予定されている。

  • ル・マン24時間レース、アストンマーチンのドライバーが事故死

    ル・マン24時間レース、アストンマーチンのドライバーが事故死

    ル・マン24時間レースのLM-GTE Amクラスに出場していたアストンマーチンのドライバー、アラン・シモンセンが、レース中の事故で亡くなった。

    今年のル・マン24時間レースのスタートは、絵mによって滑りやすいコンディションとなっていたが、スタート直後の3周目にアストンマーチンの95号車をドライブしていたアラン・シモンセンがガードレールに激しくヒットした。

    すぐに医師が現場に駆け、メディカルセンターに運ばれたが、間もなく息を引き取った。報道によると、事故直後は意識があり、医師とも会話していたという。

    この事故を受けてレースは1時間に渡りセーフティカー先導で進行、その後、再開された。

    アラン・シモンセンの家族は彼への追悼として、チームのレース続行を望んだ。

    ACOは、「ACOは謹んで事故による大きな悲しみを伝えさせて頂く。そして、アラン・シモンセンの友人、家族にお悔やみを伝えたい」と声明を発表した。

    ル・マンのレース中にドライバーが亡くなったのは1986年のヨー・ガルトナーが最後だが、1997年のプラクティス中にはフランス出身のセバスチャン・アンジョルラスが命を落としている。

  • アストンマーチン、100周年を記念した特別展示を実施

    アストンマーチン、100周年を記念した特別展示を実施

    アストンマーチンは、100周年を記念した特別展示を実施する。

    アストンマーチンは、5月25日(土)〜26日(日)の2日間、横浜で開催される「Y154 x Rally Nippon」のメイン会場となる山下公園の石のステージ前で、アストンマーチン・オーナーズクラブジャパンの全面協力の下、アストンマーチンの100周年記念特別展示を実施する。

    特別展示では、戦前のモデルから、ジェームス・ボンドの愛車DB5、最新のモデルまで、歴代の名車を一同に並べ、アストンマーチンの100年の歴史の変遷と、同社の不変の理念「Power, Beauty & Soul」の世界を表現する。

    ■アストンマーチン100周年記念特別展示
    日時:5月25日(土)・26日(日) 11時から〜17時
    場所:横浜 山下公園 石のステージ前
    入場無料

    ■展示車両
    International 1.5Liter “Le mans 2 Seater” (1931)
    Le Mans 1.5 Liter 2/4 Seater Short Classis (1933)
    Two Litre 15/98 2 Liter 15/98 Short Chassis (1938)
    DB2/4 MK? Drophesds (1954)
    DB MK? (1958)
    DB4 MK? Vantage Dropheads (1962)
    DB5 Vantage (1965)
    DB6 MK? (1970)
    V8 Saloon (1986)
    V8 Vantage Zagato (1986)
    Lagonda ? (1989)
    Virage (1991)
    V8 Vantage Volante (2000)
    DB7 Zagato (2003)
    V12 Vanquish (2003)
    Cygnet (2012)
    V8 Vantage (2012)
    DB9 (2013)
    Vanquish (2013)
    Rapide S (2013)

  • デビッド・リチャーズ、2010年のF1エントリーを提出へ

    デビッド・リチャーズ、2010年のF1エントリーを提出へ

    デビッド・リチャーズが、2010年F1参戦に向け、英国のバンベリーで準備を整えた。

    ベネトン、B・A・Rでチーム代表を務めていたデビッド・リチャーズは、水曜日の夜まで続いたバーニー・エクレストンとの議論のあと、29日(金)の締め切りまでに正式なエントリーを提出することを明らかにした。

    デビッド・リチャーズのチームは、マクラーレン・メルセデスと結びつくと思われており、まずはプロドライブとして参戦し、2012年にはアストンマーチンになるとされている。

    「クルマはバンベリーで組み立てられ、供給元から得るカスタマーエンジンにはアストン・マーティンのバッジが付くことになるだろう」とリチャーズは語る。

    スポンサーは、アストンマーチンの主要株主であるクウェート企業「Investment Dar」や中東の投資家が付くとされている。

    FIAと既存F1チームとの2010年レギュレーション論争は最終決定していないものの、妥協案が合意に至ったとされている。

  • アストンマーチン、F1参戦か

    アストンマーチン、F1参戦か

    アストンマーチンの2010年からのF1参戦が取り沙汰されている。

    来年からコスト制限が予定される予定だが、それを受け、F1への新規参戦への移行を示すチームが増えている。

    すでにUSF1が2010年のF1参戦の申請を提出しており、ローラのF1参戦計画も報じられている。

    今回、名前が挙がったのはアストンマーチン。アストンマーチンは、プロドライブのデビッド・リチャーズが率いている。

    これまでのバーニー・エクレストンは26台をグリッドに並べることを目財していると発言しており、5つの小さなチームが、コスト制限により新時代のF1参戦へ興味を示しているとされる。

    また、イヂリスの独立エンジン会社であるコスワースが、手頃なパッケージでF1に復帰するとされている。

    デビッド・リチャーズは、140人のスタッフによるチーム計画を中東の支援者と話し合っているとされ、「参入するには素晴らしいときだ」と認めている。

    「ただし、まだ何も決まってはいない。全ての鍵となるのは予算キャップが導入されるという財政的な真実味だ」