カテゴリー: 小林可夢偉

  • 小林可夢偉 「今回はポールを獲りたかった」 / スーパーフォーミュラ

    小林可夢偉 「今回はポールを獲りたかった」 / スーパーフォーミュラ

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ最終戦 鈴鹿でレース1の予選を4番手、レース2の予選を5番手で終えた。

    小林可夢偉
    フリー走行とQ1の前半は、タイヤがなくて、後方に沈んでいましたし、クルマの確認も十分にはできませんでした。でも、もう“Q1通るか、通らへんか”と思ってニュータイヤを入れたら、いきなり4番やったんで、“何や、タイヤやったんや”で終わりました」

    「ニュータイヤにしただけで2秒上がったんです。その時のクルマの感触は、まぁ悪くはなかったですけど、多少変更したい部分はありました。弱アンダー、弱オーバーみたいな感じで。その“原因は多分これやろな”っていうものはあったんですけど、それを変更する時間はありませんでした。Q2で2番手だったのは、みんなが本気を出していなかっただけ。Q3はホンダ勢がバーンと来て。Hondaは多分、マッブやろなって思います。

    「僕は、Q1からQ2、Q2からQ3と少しアジャストしたことで、ちょこちょこタイムが上がっていますけど、Q1の時点でいっぱいいっぱいやったんで。Q1通るかどうか分からへん状態で、もうポケットに何も入っていませんでしたから。アタックも普通というか、完璧ではありませんでした。自分の中で詰め切れなかった部分があります。“行った〜!!”っていう。もっと行っていたら、もしかしたら良かったかも知れないし、足りなかったり、失敗していたかも知れない。ミスもないけど、攻め切れていないという感じです」

    「決勝に関しては、僕はチャンピオンシップに関係ないので、思い切って行きたいと思います。でも、どちらのレースに向けても、そこそこシリーズをコントロールできる場所にいるので、誰が獲るかは僕にかかっているかも知れないですよ(笑)。大体、僕の回りにチャンピオン争いの3人がいますから、僕がどうするかによってかなり変わると思います。もし勝ちたかったら、僕に何を持ってきてくれるか次第(爆笑)。募集中です。レースは雨ですし、そこでの結果以上に、今回はポールを獲りたかったんですけどね」

  • 小林可夢偉、6位でフィニッシュ / スーパーフォーミュラ 第6戦

    小林可夢偉、6位でフィニッシュ / スーパーフォーミュラ 第6戦

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ第6戦SUGOの決勝レースを6位で終えた。

    予選7番手からスタートした小林可夢偉は、早めのピットストップで順位アップを目指した。

    しかし、その戦略は功を奏せず、レース後半はタイヤに苦しむことになり、6位でフィニッシュした。

    小林可夢偉
    「SUGOのレース、残念ながら6位でした。戦略的に早めにピットに入って、正直なところ、セーフティカーが入ったらラッキーだなっていう戦略だったんですけど、残念ながら、セーフティカーもなく、あまり予選のスタートと変わらないポジションでレースを終えることになりました。後半がすごくタイヤがキツくて、なんとかそのなかでポジションを守れて良かったと思うし、数少ないチャンスにかけたつもりでしたが、残念ながら、うまく機能しなかったので、敗因が予選にあるかなと思います。次の鈴鹿、最終戦になりますが、そこではなんとか優勝できるように頑張るので、皆さん、鈴鹿に来て、応援して下さい」

  • ザウバー F1参戦400戦:小林可夢偉ら歴代ドライバーが祝福

    ザウバー F1参戦400戦:小林可夢偉ら歴代ドライバーが祝福

    ザウバーは、次戦F1アメリカGPでF1参戦400戦目を迎える。このマイルストーンを祝い、小林可夢偉を含めた歴代ドライバーが祝福のコメントを寄せた。

    ピーター・ザウバーが創設した1993年にF1初参戦。23年間で合計808ポイントを獲得。BMWザウバー時代の2008年には初ポールポジションと1勝を挙げている。

    ハインツ・ハラルド・フレンツェン
    (1994-1996/2002-2003、64戦、42ポイント)
    「長年ザウバーのドライバーとして僕は多くのハイライトの一員だった。最も素晴らしい思い出は、間違いなく1995年にモンツァで開催されたF1イタリアGPで3位でフィニッシュしたことだ。ジョニー(ハーバート)とミカ(ハッキネン)の後ろでね。僕だけでなく、ザウバーF1チームにとってF1での初表彰台だった。優勝ではなかったけど、僕たちはそのランドマークを祝った。そのことはかなり覚えている。うれし涙だけでなく、多くのジャンパンのこともね。とても感動的だった。素晴らしい瞬間だし、決して忘れることはできない。オースティンでの400戦目のレースの場にいられないのは残念だけど、チームの幸運を祈っているよ!」

    ジョニー・ハーバート
    (1996-1998、48戦、20ポイント)
    「ザウバーには忘れられない多くの瞬間がある。多くのいい思い出だけでなく、良くないものね。ひとつは1997年だ。このシーズンは多くの素晴らしいレースができた。イモラで僕は7番手からレースをスタートしたけど、とても強かったし、ウィリアムズとフェラーリと表彰台を争った。最終的に電気系のトラブルによってリタイアしなければならなかったけどね。ハンガロリンクでのレースもそうだ。本当に素晴らしい瞬間だった。10番手からスタートしたけど、最終的にジャック(ヴィルヌーヴ)、デイモン(ヒル)と僕は、素晴らしい戦いをしてミハエル(シューマッハ)を倒すことができた。素晴らしかった。ハイライトだ。成功を願っている」

    ニック・ハイドフェルド
    (2001-2003/2006-2009/2010、125戦、194ポイント)
    「2001年のサンパウロでのウェットレースで初表彰台獲得はホッとしたし、その後のビールシャワーは嬉しかった。同年、キミ(ライコネン)と一緒に僕たちはコンストラクターズ選手権を4位で終えた。素晴らしいチームサクセスだ。僕にとってBMWザウバーとの2007年シーズンは特別だった。僕たちはトップを争っていたし、クルマは僕のドライビングスタイルに合っていた。そこからポテンシャルをフルに引き出し、トップ3の結果のために全ての機会をものにした。ハイライトはバーレーンGPでの仕掛けだ。アウトからフェルナンド(アロンソ)のマシンをオーバーテイクした。ホイール・トゥ・ホイールで、まさにギリギリの戦いだった。今でもたまにその瞬間を見たりするし、BMWザウバーのマシンを走らせていたことを誇りに思う。ザウバーで最も多くのグランプリを戦ったドライバーとして、チームの400戦目のグランプリをお祝いすることを嬉しく思う」

    フェリペ・マッサ
    (2002/2004-2005、53戦、27ポイント)
    「ザウバー時代は僕にとって特別だ。僕のF1キャリアの始まりだからね。全部で3年間を過ごし、スイスに住んで、クルマで多くのことを学んだ。僕たちはいくつか良い結果を残したし、僕は初シーズンの2戦目でポイントを獲得した。際立った瞬間は4位でフィニッシュした2005年のカナダだけど、そのときは多くの良いパフォーマンスを発揮できた。多くの良い思い出がある」

    ロバート・クビサ
    (2006-2009、57戦、137ポイント)
    「ザウバー時代には素晴らしい思い出がある。最も重要な思い出のひとつは、2006年のモンツァでBMWザウバーと祝った僕のF1表彰台だろう。リザーブドライバーからレースドライバーに昇格したあと、F1ドライバーとして3戦目に3位でフィニッシュした。その3位は僕のその後のキャリアにとって重要な業績だったと思う。その時はクルマのポテンシャルも示していた。2年後の2008年のカナダGPでの勝利は、僕だけでなく、チームにとっても永遠に忘れられない思い出だ。ザウバーのみんなの幸運を祈っている」

    小林可夢偉
    (2010-2012、58戦、122ポイント)
    「ザウバーでの思い出といえば、鈴鹿でのホームレースで初表彰台を達成した2012年ですね。僕の人生で最も素晴らしい思い出のひとつです。3位でフィニッシュして、ファンの前で表彰台に立てて素晴らしかったです。福島で大震災があり、僕たちにとって非常に難しい時期でした。一言では言い表せませんが、この表彰台は僕だけでなく、ファンにとっても非常に特別な瞬間でした。チームとして、僕たちはそれを実現するために一生懸命に戦いました。ザウバーでの時間のなかで、僕たちは良いときも悪いときも経験しましたが、全体的に一緒に働いて本当に楽しかったです。僕たちはとても一生懸命に仕事をして、戦いました。それが最も重要なことです。僕たちはいつもベストを尽くしました」

    セルジオ・ペレス
    (2011-2012、37戦、80ポイント)
    「F1で400戦というマイルストーンに到達したザウバーをお祝いしたい。僕の初めてのチームだし、僕たちは一緒に素晴らしい瞬間を祝った。ハイライトは2012年のマレーシアでの初表彰台だ。あれは僕のF1キャリアでベストレースのひとつだ。最後の数周でフェルナンド(アロンソ)をハードにプッシュすることができたし、勝利もほぼ手の届くところにあった。その後、シーズン後半のモンツァでも僕たちは2位を祝った。全てがまとまって、クルマがパーフェクトに機能した一日だったね。タイヤをケアするために本当に良い仕事ができたし、それが12番手スタートから順位を上げる助けになった。僕たちには攻撃するペースがあったし、いくつか素晴らしいバトルができたけど、誰もがフェアだった。そして、僕はフェラーリの2台を倒すことができた。とにかくモンツァはとても楽しいレースだったね」

    マーカス・エリクソン
    (2015、31戦、9ポイント)
    「この業績を心からお祝いしたい。400戦目のグランプリを祝うなんて信じられないことだ。ザウバーF1チームの一員であること、そして、みんなの信頼を嬉しく思う。僕のザウバーでの最高の瞬間はまだこれから起こると思う。僕はチームのためにもう1シーズン走るし、それがすぐにやってくることを願っている。この時点では、ザウバーでの初レースとなったオーストラリアGPでのF1ポイント獲得したことが、僕とチームにとって素晴らしい瞬間だ。もっと素晴らしい結果がやってくるのを楽しみにしている」

    フェリペ・ナッセ
    (2015、15戦、25ポイント)
    「ザウバーでの最高の瞬間は、もちろんメルボルンでのF1初ポイントだ。そのレースを5位でフィニッシュしたのはとても特別な瞬間だった。素晴らしい結果だ。僕にとってもチームにとっても圧倒的だった。全員が安心したし、結果にとても満足だった。そこから素晴らしい思い出がある。ザウバーが、長年F1の一員であること、そして400戦目を祝うことは素晴らしい偉業だ。このマイルストーンの一部であることを誇りに思う」

  • 小林可夢偉、3位表彰台を獲得 / スーパーフォーミュラ 第5戦

    小林可夢偉、3位表彰台を獲得 / スーパーフォーミュラ 第5戦

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ 第5戦 オートポリスの決勝レースで3位表彰台を獲得した。

    3番グリッドからスタートした小林可夢偉は、スタートで2位に浮上。ポジションアップを狙った小林可夢偉は何とか逆転を狙うが、巧みな中嶋一貴のライン取りもあり叶わず2位で周回しながら中盤戦へと進んでいった。

    29周目にピットインした小林可夢偉は、給油でやや時間がかかったが、タイヤを4本交換してコースへ復帰。ハイペースで上位との差を詰める作戦に出たが、ペナルティで後退していたアンドレ・ロッテラーに追いつくと、これをかわせないまま周回を重ねざるを得ない状況となってしまった。

    その後、ペースが上がらない小林可夢偉は、石浦宏明にかわされ3位でフィニッシュ。今季2度目の表彰台を獲得した。

    小林可夢偉 (KYGNUS SUNOCO Team LeMans 8号車)
    「オートポリスではテストで少し走っただけで、レースを戦うのは今週が初めてだった。戦略については、誕生日ということで運も味方してくれるはずで、スタートで前に出られれば勝てると思っていた。というよりスタートに賭けた部分もある。朝のフリー走行の時点でのライバルの速さを見て、勝つにはチャレンジするしかないと思った。残念ながら結果的には上手く行かなかったが、健闘したとは思う。ピットアウト後、(アンドレ)ロッテラー選手のポジションが計算外だった。あれが無ければトップに追いつけたのではないかと思っている。頑張ってくれたチームスタッフに感謝している」

  • 小林可夢偉、予選2番手 / スーパーフォーミュラ 第5戦

    小林可夢偉、予選2番手 / スーパーフォーミュラ 第5戦

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ 第5戦 オートポリスの予選を2番手で終えた。

    小林可夢偉
    前回以上にまた石浦選手にやられました。(Q3では)一番最初に僕がタイムを出したので、無線で「今、一番(トップタイム)」と言われなましたが、「でも石浦が…」となり、「またか!」って(苦笑)。今日の朝のスピードから予選Q1、Q2での石浦選手のペースを見ていたから間違いなく来るだろうなという予想はしていましたが…。

    僕もタイム的には悪くなかったのですが、朝(フリー走行)はあまり良くなくて、クルマも結構バタバタと(セットを)変えたし、予選中もバタバタ変えながら、結果的にQ3で一番いいクルマを作れたかなと思います。でも残念ながら(トップから)0.4秒ほど足りないので、非常に悔しい。それにオートポリスでは初めてのレースとなるので、まだ第3セクターの部分がいまだにどこを走ったらいいかわからないというのが現状です。

    ほとんどここはスタート次第と思うので、明日はスタートだけに集中して行こうかな。それ以外はレースのスピードで0.2〜0.3秒遅くとも抜かれることはないのかなと。そういう意味ではスタートでいける(チャンスがある)と思います。最近は予選でトップ3にいられるんですが、全然決勝で成績が残っていないので、今週こそはまず自分たちのパフォーマンスを出し切れるようにしたいですね。

  • 小林可夢偉、トヨタ G’s AQUAのテレビCMに出演

    小林可夢偉、トヨタ G’s AQUAのテレビCMに出演

    小林可夢偉が、トヨタのYouTubeチャンネル「toyotajpchannel」、ならびにTV-CMとして放送されるG’s AQUAのスペシャルムービー「G’s BOOT CAMP」に小林可夢偉が出演している。

    このムービーは、街をジョギングする女の子に恋をしたトヨタのスモールハイブリッドカー「AQUA」が、なんとか彼女の気を引こうとジムに通い「G’s AQUA」に成長するというストーリー。

    小林可夢偉は、AQUAに富士スピードウェイの攻略法を伝授する講師役として出演している。

    “G’s”はモータースポーツ活動を通じて、「もっといいクルマづくり・クルマファンづくり」を目指している「TOYOTA GAZOO Racing」のテストドライバーが、サスペンションやボディ剛性、シート、ペダルに至るまで、トータルでチューニングしたチューンナップブランド。

    * TV-CM放送エリア:テレビ地上波(茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)

  • 小林可夢偉、ピットでのロスが響き17位 / スーパーフォーミュラ

    小林可夢偉、ピットでのロスが響き17位 / スーパーフォーミュラ

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ第4戦ツインリンクもてぎの決勝レースを17位完走扱いで終えた。

    小林可夢偉は、3番グリッドからの好スタートで、ポール発進だった38号車の背後につけて1〜2コーナーへ。ここでアウトから回り込んできた1号車に先行を許すが、スタート位置の3位を守ったかたちで1周目を終える。

    後方4番手には19号車。この19号車が11周目という早い段階で給油&タイヤ4輪交換をする戦略を採ったため、小林可夢偉は19号車と離れた位置で表彰台争いを展開することに。19号車との差は35〜37秒で推移し続ける。35秒前後あれば、小林可夢偉がピットインして給油&タイヤ4輪交換をしても前に出られる計算、仮に19号車に先行された場合も、タイヤがフレッシュな分、抜き返せる。

    そして小林可夢偉は32周目にピットへ。ところが右リヤタイヤの交換に手間取りが生じ、20秒以上のロスを被ってしまった。

    終盤は入賞圏外の11位を走ることとなった小林可夢偉だが、それでも前を走る10位の11号車を追い続ける。しかし最終周、9位の41号車も交えた3台で並ぶ状況となった際に交錯してストップ、1周遅れの完走扱いで17位という結果になった。

    小林可夢偉
    「燃料タンクが重い状態でここを走るのは決勝日の朝が初めて、というような状況のなかでも3位争いができていたわけで、なんとかうまくやれているのかな、と思える部分はあります。僕たちのマシンもいいレベルには来ているんだと思いますし、ラップタイム的にあとコンマ1〜2秒速いマシンに仕上げられればトップ争いができる、と感じられるところもあります。今後もオートポリス、スポーツランドSUGOと、自分にとっては走行経験値の少ないコースでの戦いが続きますけど、しっかりマシンを仕上げられれば結果は出る、そう信じてポジティブに、自信をもって戦っていきたいと思います」

  • 小林可夢偉、予選3番手 / スーパーフォーミュラ 第4戦

    小林可夢偉、予選3番手 / スーパーフォーミュラ 第4戦

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ第4戦ツインリンクもてぎの予選で3番手だった。

    小林可夢偉
    「朝の(フリー走行)時点でおそらくQ1は通過できないだろうなと思っていました。自分が今、ここ(TOP3の記者会見)に居て、『何が起っているんだろう?』とわからない状態です」

    「まず、朝の時点でクルマが悪いのか、自分が悪いのかわからなかったんです。とりあえずセッティングをガラリと変えてみたところそれが良かったようで、結果的にこのポジションになりました。僕も(野尻と同じく石浦に)また負けたんかぁという感じですね。もてぎは12年ぶりのレースになりますが、コースは変わっていないので走るたびになんとなく思い出したというか、でもまだよくわかっていないところもあります。予選ではタイヤ(の有効な部分)を残さなきゃいけないのであまり走れないんですが、朝のフリー走行ではできるだけ走ろうと思いました。いろんなラインを走ったり、縁石に乗ったりしてどのラインがいいのか試しました。でもタイムが悪かったので、別次元の世界にいるような気持ちになりました。結果的にセッティングが良くなり、クルマの満足度でいうと100%ではないものの、朝の状態からは良くなりました。チームがよくやってくれて結果に結びついたのだと思います」

  • 小林可夢偉、タイヤ交換後に失速して10位 / スーパーフォーミュラ

    小林可夢偉、タイヤ交換後に失速して10位 / スーパーフォーミュラ

    小林可夢偉は、スーパーフォーミュラ 第3戦 富士の決勝レースを10位で終えた。

    6番グリッドからスタートした小林可夢偉は、コースのイン側を進み、上位陣に混乱が発生するなか3位へと順位を上げる。序盤のセーフティカー走行が終わった後、7番手以降には早い段階でピットインを敢行するマシンも多くみられたが、トップ6にはその動きが見られず、レースは中盤へ。

    20周終了時に小林可夢偉が口火を切るかたちでトップ6では最初にピットイン、ここから上位のピット戦線が動いていく。そして30周終了段階で、小林可夢偉の順位は5位。

    前半トップ6同士の順位関係は各車の給油&タイヤ交換を経ても動かなかったが、まだピットしていない38号車が暫定首位、そしてレース序盤にタイヤ無交換のピットインをしていた2号車が小林可夢偉の前にいるかたちで、2つポジションが落ちていた。フレッシュなタイヤの小林可夢偉が2号車に対しチャージすることが予想された局面だが、ペースが上がらず、逆に後続車への防戦にまわる意外な展開に。巧みなディフェンス技術で場内を沸かせもしたが、最終的に小林可夢偉は10位でのゴールとなった。

    小林可夢偉
    「スタートのダッシュ自体は良かったんでしょうね。今日に関しては、ピットインして2セット目のタイヤに履きかえた後、上がるはずのペースが反対に下がってしまったこと、あれがすべてでした。原因はまだ分かりませんが、リズムもわるくなり、後続車とのバトルでフラットスポットをつくることにもつながったりと、厳しさが増していく展開になってしまいました。ただ、今回は実質初めての富士で予選日が雨になるなど、あれだけバタバタしたなかでもレース前半はそこそこのレースができていたわけなので、そこは自信にかえて、天候的にも今回よりは安定するであろう次のもてぎ戦に挑もうと思います」

  • 小林可夢偉 「ル・マンでのLMP1の実力は想像を遙かに超えていた」

    小林可夢偉 「ル・マンでのLMP1の実力は想像を遙かに超えていた」

    トヨタのテスト兼リザーブドライバーを務める小林可夢偉が、ル・マン・テストデーに参加。TS040 HYVRID #1号車で4周を走行した。

    前戦スパで負傷した中嶋一貴の回復次第ではレースへの参戦が困難になる可能性があったために、リザーブドライバーの小林可夢偉がテストで4周の計時ラップを走り、不測の事態に備えた。

    小林可夢偉
    ル・マンのコースで初めてLMP1カーを運転しましたが、最高ですね。天候の変化が激しかったですが、ドライな路面を走ることが出来て良かったです。このコースにおけるLMP1の実力は想像を遙かに超えていました。以前ル・マンを走ったのはGTカーで、その時は後ろからプロトタイプが襲いかかって来るので、ミラーばかり見ていました。今日はその反対でGTカーを抜いたのですが、ル・マンで速く走るには遅いクルマをいかに上手く抜き去るかが重要な要素で、その経験が出来ました。